サッカーの話をしよう

No.365 マニュアルよりホスピタリティーの心を忘れずに

 コンフェデレーションズカップが始まる。日本サッカー協会が何と言おうと、これはワールドカップの「リハーサル大会」である。信じがたいほど短い準備期間しかなかったが、「来年」へ向け、さまざまなことが試される大会だ。
 きょう、水曜日の午後5時には、韓国の大邱(テグ)で開幕のフランス対韓国が行われる。明日試合が行われる鹿嶋と新潟、そして来週準決勝と決勝が行われる横浜の会場では、役員やスタッフが緊張感を高めているだろう。
 みんな、失敗のない立派な運営と評価されたいと願っているに違いない。静まりかえったスタジアムや、閑散としたメディアセンターのなかで、最後の準備に追われながらも、不安と同時に大きな期待を抱いて、「自分たちの番」を待っているのではないか。

 そうした役員やスタッフに、いま、ぜひとも思い起こしてほしい言葉がある。
 「ホスピタリティー」(客をもてなす心)。
 世界中で多くの大会を見てきたが、失敗のない運営など、皆無だった。すべてが計画どおりに運び、観客や報道関係者が何の苦痛も感じず、100パーセント満足いく大会など、いちどもお目にかかったことはない。
 大会のはじめに、そして途中に、必ず何らかのトラブルがあり、困難がある。いらいらし、自分の顔が険しくなるのがわかる。
 そんなときに救いになったものは何か。それは役員や運営スタッフの心からの親切だった。仕事だからするのではない。相手が困っているのがわかるから、何とか助けになりたいという気持ちが伝わってくるのだ。

 助けが功を奏するときもある。結局だめだったときもある。しかし私が困難に陥っているときに同じ気持ちになって助けようとしてくれる人の存在は、いつの間にか私の心から怒りやいらつきを消し去った。そして私は表情が穏やかになっているのを感じた。
 ナイジェリアで行われたワールドユース選手権(99年)で、通信のために使うことのできる良好な電話回線を探して数時間歩き回ったことがある。スタジアムのメディアルームが閉鎖されていたため、運営本部や近くの電話会社など、あちこちをたらい回しにされたのである。
 結局、電話会社の社長が、なんと自宅に案内して、電話回線を貸すだけでなく、お茶やお菓子を出してくれた。おかげで、その数時間が楽しい思い出となった。
 日本人は、仕事に対して非常にまじめだ。それはもちろん長所なのだが、短所になるときもある。

 何かトラブルがあって、役員やスタッフのところに人がくる。そのとき、役員やスタッフが考えなければならないのは、マニュアルを思い出すことではない。何よりもまず、その人がどう困っているのか、どんな気持ちなのか、想像力をめいっぱい働かせて、相手の身になって考えることだ。
 トラブルのときだけではない。小さな用のときにも、明るい表情で元気よく対応されたら、理屈抜きに気分がよくなる。「間違いがないように」と緊張していたら、冷たく、よそよそしい感じを与えてしまうかもしれない。
 大会の印象は、こんなところで決まる。運営スタッフが明るく、親切だったら、どんな不便があっても、悪い思い出にはならないものなのだ。日本での試合スタートに先立って、相手の気持ちを思いやる「ホスピタリティー」の心を思い起こしてほしい。
 難しいことではない。失敗など恐れず、自分自身で仕事を楽しむことだ。そしてその心を、外国からくるサポーターや報道関係者にも伝えてほしいと思う。

(2001年5月30日)
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス

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1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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