サッカーの話をしよう

No.367 日本代表を変えた「中山イズム」

 決勝戦ではフランスとの大きな力の差を感じずにいられなかったが、コンフェデレーションズカップ準優勝は予想外の収穫だった。
 GK川口能活のセーブは神がかりだった。MF中田英寿はすばらしいリーダーシップを見せた。DFをまとめた森岡隆三、松田直樹、左サイドで新境地を見せた小野伸二、新しい驚きのMF戸田和幸とFW鈴木隆行、そして改めて「日本の宝」であることを確認させたMF森島寛晃、みんなすばらしかった。
 しかし日本代表チームがこれまでより一段上のレベルに達したとしたら、それはひとりの選手がもたらしたものではないか。私はそう強く感じた。33歳、最年長のストライカー中山雅史である。

 今大会、日本が最も大きく変わったのは、90分間にわたって全員が体を張った戦いを見せる姿勢だった。相手へのすばやいアプローチ、体を寄せ、相手に自由なプレーをさせまいとする激しさ。そして、味方のがんばりでコースを限定されたパスを読んでの積極果敢なインターセプト。それが強豪を相手に五試合でわずか1失点という守備の「ベース」だった。
 そして、そうした取り組みを自らの「姿勢」で示し、日本チーム全体に広めたのが、中山だった。
 初登場は初戦、カナダ戦の前半38分。その後半、中山は中田英寿の強いパスを追い、左タッチライン際でかろうじて追いついた。中田のパスが強すぎたため、カナダのDFは「タッチに出る」と判断、一瞬気を抜いた。中山はライン上でボールを止め、すかさず方向を変えて相手を置き去りにした。そしてそのセンタリングから、FW西沢明訓の2点目が決まった。

 この瞬間、日本代表はひとつの重要な「脱皮」を遂げた。中山の姿勢が周囲の選手にも伝わり、昨年までの「華麗なパスワーク」に「体を張って激しく戦う姿勢」が加わって、より実戦的な戦闘力をもったチームとなったのだ。
 続くカメルーン戦では、「中山さんのようにプレーする」と語ってピッチに出ていったFW鈴木が見事な2ゴールを決めた。この試合でも、続くブラジル戦でも、中山は後半のなかばに出場すると、チームと、そしてスタジアムのムードをがらりと変えた。
 「中山を入れても、戦術が変わるわけではない。だが、メンタル面でチームに与える影響はすごく大きい。彼がはいると、チーム全体にエネルギーが注ぎ込まれたように思えるほどだ」。日本代表を率いるフィリップ・トルシエ監督も、「中山はこのチームのシンボル」と絶賛する。

 ブラジル戦では、MF伊東輝悦の変貌ぶりに驚かされた。高い才能をもちながら、伊東はプレーがおとなしく、強豪を相手にしたときには物足りないプレーを繰り返してきた。しかしこのブラジル戦では、体を張って戦い、闘志むき出しの攻撃を見せた。
 チーム全体が「中山イズム」で染められたことが、準優勝の最大の要因だった。
 「チームの勝利のために、できることをするだけ」と謙虚に語る中山。彼はFWである。「守備で貢献」などと言われても、本当はうれしくないかもしれない。
 しかし彼のプレーは、FWかDFか、守備か攻撃かなどという区別を超え、サッカーというゲームそのものへの取り組み方の原点を指し示しているように思えた。
 それは、彼がジュビロ磐田で、そして日本代表でも10年も前から発し続けてきたメッセージである。そして代表では、いまようやく周囲に伝わり、チームを変質させる力となった。その意義の重要さは、来年のワールドカップでより鮮明になるはずだ。

(2001年6月13日)
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