サッカーの話をしよう
No.370 日本代表は本当に変わった
キリンカップのパラグアイ戦は、日本代表が「本当に変わった」ことが明確になった試合だった。
昨年10月、レバノンで行われたアジアカップで、日本は圧倒的な攻撃力を見せて優勝を飾った。余裕たっぷりのボールキープから、突然の変化で生み出された攻撃は、アジアのライバルたちを圧倒し、次つぎとゴールを重ねた。相手が守備を固めても、絶妙なFKで得点を奪った。
日本の強さは、チームプレーと個人のアイデアの組み合わせにあった。攻撃時に、ある段階までは自動的にパスをつないで組み立て、相手ゴールに迫るとチームプレーの拘束を解いて選手たちの創造性に任せる。高い技術と判断の速さが、その組み合わせに破壊的な力を与えた。
そのアジアカップ以来、ひさびさに日本を見る人がいたら、「これが同じチームか」と目を疑うに違いない。相手ボールになったときのプレーが、この9カ月間で大きくイメージチェンジしたからだ。
攻撃から守備に切り替わったときの日本のチームプレーは、アジアカップ時も見事だった。相手のパスコースを限定し、追い詰め、いつの間にかボールを奪い返してしまう守備だった。
基本的な考え方は、現在も変わりはない。しかし相手ボールに対する個々のアプローチの速さ、詰めの激しさは、アジアカップ時の比ではない。現在の日本選手たちは、身体接触をいとわず、当たり負けもしない。昨年までの「ひ弱さ」は完全に消え、90分間、フルに、激しく戦うチームになった。
変化の触媒役を果たしたのは、もちろん、ことしになってから経験した世界の強豪との対戦だった。
3月にパリでフランスと対戦して0−5で叩きのめされた。昨年のアジアカップ時のサッカーができれば、勝てないまでもいい試合になるのではないかという期待は、こなごなに打ち砕かれた。
4月にやはりアウェーで戦ったスペイン戦では、その敗戦を生かして徹底的に守備を固めた。ディフェンスに人数をかけ、同時に、個々の競り合いの場面で、ときには過剰な激しさで対抗した。
そして5月末から6月にかけてのコンフェデレーションズカップは、その戦いをできるだけ前でするという「アグレッシブな守備」をつかんだ。スペイン戦は引いて守っているだけだった。しかしコンフェデレーションズカップでは、前に出て戦うことで、ボールを奪った後にいい形の攻撃ができるようになった。準優勝は、そうした段階的な変化がもたらしたものだった。
そして、先日のパラグアイ戦で、その戦い方が、すでに日本代表の「ベース」になっていることが確認された。
相手ボールを追い詰める日本選手の動きが、イタリアでプレーする中田英寿に似てきた。猟犬のように鋭くアプローチをかけ、いちどふっとスピードを緩めて相手に油断させ、その瞬間に襲いかかる。まるでヘビのような、狡猾ささえ感じさせる動きだ。
アジアカップから9カ月。昨年12月の韓国戦を入れても、その間にこなした試合はパラグアイ戦まで9試合にすぎない。しかし経験の内容の濃さが、日本代表を昨年とはまったく別のチームにした。
できるなら、3月のフランス戦のような、本当の意味で「壁」になるような試合が、このあたりでまたほしい。そこで自分たちの成長を確認するだけでなく、乗り越えるべきものまでの距離をしっかり見極めるためにも、相手のホームで世界クラスのチームと戦う機会がほしい。
伸び盛りのいまほど、内容の濃い経験が必要とされているときはない。
(2001年7月4日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。