サッカーの話をしよう
No.380 安全無視のピッチ外人工芝
1970年のワールドカップ・メキシコ大会のテレビ放映を見て、強く印象づけられ、感心したことがあった。ピッチの周囲に飾られた、色とりどりの花である。
メキシコシティのアステカ・スタジアムは、10万人の収容力をもつ巨大なサッカー専用競技場だが、スタンドを大きくするためにフィールドが広くとられている。縦105メートル、横68メートルのピッチの外に、かなりの広さの芝面があるのだ。
そこにプランターが並べられ、花が植えられていた。ピッチの中では、世界の頂点を極めるべくプロフェッショナルたちが激しい闘いを展開している。しかしすぐ外には、可憐な花が競うように咲き誇っている。その対比がおもしろく、また、ピッチの周囲に花を並べるメキシコ人たちのセンスに感心もした。
いま、ピッチの周囲に並んでいるのは、花のプランターならぬ広告看板である。なかには、広告が次つぎと切り替わるものまである。ボールがタッチラインを割ってテレビカメラがそのあたりをクローズアップした瞬間に、広告がいっせいに切り替わる。いやでも目につく仕掛けだ。
サッカーの試合で得られる収入を増やし、それによってより高いレベルの競技を実現するための広告看板である。競技の現状から、仕方のないことだと思う。
さて、日本の競技場のいくつか、とくに陸上競技のトラックをもつスタジアムで、ここ数年、ピッチの周辺に見られるのが、人工芝である。
始まりは90年代はじめの東京・国立競技場だった。
国立競技場の芝面は106メートル×69メートルしかない。試合では、ライン際のボールをプレーするために、ラインの外にもライン内と同じ芝面が必要とされている。国際サッカー連盟(FIFA)は、選手の安全のために少なくともピッチの四方の外に幅1.5メートルの芝面が必要という指針を示している。
しかし国際規格の105メートル×68メートルのピッチを確保すると、国立競技場の場合、四方には0.5メートルの幅の芝面しか残らない。ラインの幅が12センチだから、そのわずか4本分である。
それでは見映えが悪いと考案されたのが、人工芝を置くことだった。最初はゴール裏だけだったが、やがてピッチの四方に置かれるようになった。最近では、横浜国際総合競技場のように、陸上競技のトラックの上にまで人工芝を広げているところもある。
しかしこれがとんでもない「危険物」であることが認識されていない。天然芝と人工芝では、表面の特質がまったく違う。天然芝のつもりで走ってきてラインの外に踏み出したら、足をとられるのは必至だ。負傷につながりかねない危険な状況なのだ。
先日のJOMOカップで、柳沢が足を滑らせてヒヤっとした場面があったのを記憶しているファンも多いだろう。
けががあまり報告されていないのは、選手たちがライン際でのプレーをセーブしているからだ。多少ピッチを小さくしてでも、ラインのすぐ外の人工芝を禁止し、十分な天然芝のスペースを確保するように指導すべきだ。
ピッチから規定の距離を離して置かれた広告看板が選手の危険になることはほとんどない。しかしあたかも選手たちの味方のように置かれた人工芝が、実は危険極まりない存在であることに、なぜ目がつぶられているのだろうか。
選手の安全は、何にも増して優先されなければならない。そしてなお余裕があったら、陸上のトラック全面に人工芝を敷き詰めてわざわざピッチを小さく見せるより、メキシコ人たちを見習って、花でも並べたらどうだろう。
(2001年9月12日)
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