サッカーの話をしよう
No.382 中田英寿 チームを変えるゴール
深夜のテレビの前、ひとりでガッツポーズをつくってしまった。23日夜、中田英寿が0−0の均衡を破るゴールを決めた瞬間だった。
結局、中田のゴールが決勝点となり、パルマがセリエAで今季初勝利をつかんだ。この勝利でいろいろなものが好転していくのではないか----。そんなことを考えた。
30億円という巨額の移籍金でローマからパルマに移籍した中田。当然、中田を攻撃の中心に据えたチームづくりが計画されたはずだ。しかしチャンピオンズ・リーグでの予選敗退、セリエAの開幕から2分け1敗というつまずきなど、プランは暗礁に乗り上げかけていた。
監督は「解任」の危機にさらされ、中田にも批判が浴びせられた。23日のブレシア戦は、そのパルマが今季初めてといっていいまとまりのある戦いを見せた試合だった。
激しい批判のなか、この日も中田はチームの勝利のために必死にプレーしていた。果敢に左右のスペースに走り込んでボールを受け、相手に取られれば激しい闘志で取り戻しにいった。その結果、なんどもファウルを取られた。
繰り返し生まれたチャンスを、パルマはなかなか生かすことができない。決定的なチャンスを逃し、中田の好シュートも相手GKのファインセーブに妨げられた。
そのなかで、後半42分というきわどい時間に中田がゴールを決め、初勝利をつかんだ。パルマにとって、「勝ち点3」以上の価値をもつ勝利だったはずだ。
試合は勝てばいいというものではない。とくに、勝っても負けても毎週戦いつづけなければならないリーグ戦というシステムにおいては、プレーの内容を高めなければ、好成績を残すことはできない。
しかし「勝利」は、ときとして、とてつもない効果をもたらす。チームと周囲(クラブやファン)に安心感を与え、自信を生み出す。それがチーム自体を決定的に変えるのだ。
同じような例はいくらでも見ることができる。
ジェフ市原は、今季のJリーグ第1ステージで開幕から3連敗を喫し、周囲から「ことしも残留争いか」と言われた。しかしその敗戦の内容は、はっきりと昨年までとは違っていた。ジュビロ磐田に1−4で敗れた開幕戦以後は、名古屋グランパス、柏レイソルと延長までもつれ込み、惜しくも敗れたものだった。しかも優勝候補の2チームに対し、ジェフが攻勢をとる時間も短くなかった。
「ひとつの勝利で変わる」。その予感はあった。そして第4節、アウェーのアビスパ福岡戦。2−2から3試合連続の延長戦にはいった。2試合続けて延長戦負けしているという重圧を、選手たちははねのけ、延長後半、DF茶野が決勝ゴールを決めた。
今季初勝利をつかむと、ジェフはもう振り返らなかった。第4節からの成績は、12戦して10勝2敗。第1ステージ2位という、シーズン前にはだれも想像しなかった好成績を残したのだ。
たかが1勝。しかしチームという生き物にとっては、それですべてが変わるときさえある。
シーズンが始まってから、中田にとっては苦しい時期が続いたに違いない。しかしそのなかで、どんなにチームメートとのプレーの意図が食い違っているときにも、中田はけっして試合を投げるようなプレーは見せなかった。大声を出して「こうしてくれ!」と叫ぶときはあったが、一瞬後には、次のプレーに集中していた。
そうやってがんばっている者には、最後には勝利が訪れ、そこから事態は好転するものなのだ。パルマの勝利を見ながら、そんなことを思った。
(2001年9月26日)
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