サッカーの話をしよう

No.385 ヤクルト・若松監督の「おめでとう」

 「ファンのみなさま、本当に...おめでとうございます」
 ぼんやりと夜のスポーツニュースを見ていたら、思いがけない言葉が飛び込んできてとびはねた。
 画面には、プロ野球、ヤクルト・スワローズの若松勉監督がいた。一瞬、その日にファン感謝デーでもあったのかと思ったが、日本シリーズの直前にそんなものがあるわけがない。よく聞くと、10月6日、セ・リーグ優勝を決めた直後に語った言葉だった。
 こんなすばらしい言葉を聞き逃していたのかと、すこしあせった。だが考えてみると、その日私は日本代表の遠征にくっついてイングランドのサウサンプトンにいた。ホテルの部屋で、マンチェスターでイングランドが劇的にワールドカップ出場を決めたシーンを見て、興奮していたのだ。

 まるで、2年前のUEFAチャンピオンズリーグの決勝戦、マンチェスター・ユナイテッドがロスタイムにはいっての連続得点でバイエルン・ミュンヘンに逆転勝ちした試合の再現を見る思いだった。
 イングランドは「楽勝」と予想されていたギリシャに苦戦し、90分が経過したときには1−2とリードされていた。ロスタイムは4分間と示された。その2分が経過したとき、イングランドにFKが与えられた。
 東へ約700キロ離れたドイツのゲルゼンキルヘンでは、ドイツとフィンランドの試合がちょうど終わったところだった。0−0の引き分けだった。もしイングランドが敗れれば、ドイツのワールドカップ出場が決まる。しかし引き分けにもち込めば、「韓国/日本大会」へ直行するのはイングランドだ。
 ゴール正面28メートルのFK。けるのはイングランドの主将ベッカムだ。右足から放たれたボールは矢のように飛び、ぐいっと曲がってゴールネットを揺らした。ギリシャGKニコポロディスは微動もできなかった。

 試合終了後、選手たちは抱き合って喜び、やがて更衣室へと引き上げていった。日本のような「ウイニング・ウォーク」はしないのかと思っていたら、しばらくしてイングランドの選手たちがユニホーム姿のままピッチに戻ってきた。そしてゆっくりと場内を一周しながら、スタンドのファンに手を振った。そのなかで、勝利を決めたベッカムが、両手を上げてスタンドに向かって拍手する姿が映った。
 「みんな、おめでとう。さあいっしょに韓国/日本に行こう」
 ベッカムはそう言っているように思えた。
 ワールドカップ出場という偉業を達成したのは選手であり、イングランドというチームである。しかしファンも、チームと一体となって、つらいときにも戦い続けてきた。この日偉業を成し遂げたのは、ファンたちでもあった。

 そうしたチームとファンのつながりは、栄光のときだけではない。2年前、浦和レッズのJ2降格が決まった試合の直後、サポーターたちはつらさをこらえて叫び続けた。
 「ウィー・アー・レッズ!(僕らはレッズだ)」
 ヤクルト・スワローズの優勝もまた、苦しい時期にも応援を続けたファンのものでもあった。だから、若松監督は、ファンに向かって、「応援ありがとう」と言う前に、何よりも、心から「おめでとう」と言いたかったに違いない。
 プロ野球というと、資金にあかせてスター選手を買い集めるチームの話題ばかり出る。しかしこの若松監督のような心を、多くの人がもっているからこそ、長い間、これほど大きな人気を保ち続けているのだと、よく理解できた。
 若松監督のひとことは、ことしのスポーツ界で聞いた、最も感動的な言葉だった。

(2001年10月17日)
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