サッカーの話をしよう

No.397 メディアの戦いが始まる

 「メディアの戦い」が始まるーー。
 天皇杯後、ほんのつかの間のオフを楽しんだ日本代表選手たちは、来週の月曜日、1月21日から鹿児島県で合宿にはいる。6月4日に行われるベルギー戦まで、いよいよワールドカップへの準備の最終段階が始まる。
 3月から5月までの間にこなされる準備試合は総計8。国内で5試合、残りの3試合はヨーロッパで行われる。その一つひとつが、選手たちにとって厳しい真剣勝負だ。
 合宿に40人あまりの選手を招集したフィリップ・トルシエ監督にとっても正念場だ。ワールドカップを戦う23人を、5月21日までに決めなければならない。頭のなかにはチームの大半はでき上がっていることだろう。しかし選手を選ぶ作業、すなわち誰かを落とさなければならない作業は、どんな優秀な監督にとっても簡単ではない。
 そして、ワールドカップまでの130日間は、選手や監督の戦いと同じように、「メディアの戦い」でもあると、私は考えている。
 昨年11月のイタリア戦後、トルシエは「明日がワールドカップ開幕でもだいじょうぶ」と語った。たしかに、昨年の強化試合を通じて、日本代表が短期間のうちに自信を深めたのがわかった。立派に、ワールドカップを戦えるチームが完成したと思う。
 しかしひとつだけ未知数がある。大会が近づくに従って強くなるプレッシャーだ。日本選手たちは、これまでも重要な試合をいくつも経験してきた。優勝をかけた試合もあった。しかし「地元開催のワールドカップ」は、誰も経験したことがない。
 一昨年のアジアカップ決勝で、トルシエは選手たちの精神的落ち着きに驚いたという。しかしそれは中東レバノンでの大会だった。こんどは、世間の騒音から遮断されたホテルにいても、テレビや新聞が自分たちの話題ばかりという状況になる。選手たちがどんな精神状態になるか、まったく予想がつかない。
 そこで大事になるのが、メディアの姿勢だと思うのだ。
 もちろん、メディアの役割として、日本代表やワールドカップの話題を大量に報道することになる。それによって国民的期待が増幅され、プレッシャーとして選手たちに重くのしかかっていくだろう。それは当然のことだと思う。
 しかし報道というのは、ひとつの記事、ひとつのコメントが暴力にも似た働きをし、選手や監督に大きなストレスをかけることも可能な道具なのだ。メディア側は、それを意識しなければならない。
 4年前のフランス大会で日本代表の監督を務めた岡田武史さんは、準備期間から大会を通じて、メディアのプレッシャーから選手たちを守る手段がなかったと、大会を振り返った。言ってもいないことを書かれても、選手や監督には反論の機会がない。そうしたことの積み重ねが、大きなストレスになったという。
 大会前の準備試合の結果に一喜一憂してはいけない。それが6月の試合とどうつながるのか、冷静に判断した報道に努めなければならない。
 センセーショナリズムに走ってはいけない。ジャーナリストは、自分たちが新聞や雑誌を売るためでなく、日本代表チームとファンの橋渡し役として存在することを常に念頭におかなければならない。
 ひたすら「がんばれ」とか、選手をスター扱いする報道をしようと言っているわけではない。メディアとしての責任を感じて、これからの130日間を過ごさなければならないということだ。
 ワールドカップはチームだけの戦いではない。協会、メディア、ファン...。勝負を決めるのは一国の総力だ。メディアにとっても、大変な戦いであるのだ。
 
 (2002年1月16日)
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1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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