サッカーの話をしよう

No.405 長居の教訓~入場の遅れ

 「大阪のファンはこんなにぎりぎりにくるのか」
 そのときには、そんな感想しかもたなかった。3月21日に大阪で行われた国際試合。ウクライナの国歌が始まっているのに、通路や階段ははまるでラッシュ時の駅のような混雑で、歌手の熱唱にもおかまいなく、スタンドはざわついたままだった。しかしそれは、入場ゲートでのセキュリティーチェックで時間がかかり、たくさんの人が外で長時間待たされた結果だった。
 日本代表にとっても大事な準備試合だったが、長居スタジアム、そしてワールドカップ日本組織委員会(JAWOC)の大阪支部にとって、この試合は、当然のことながらワールドカップの「予行演習」の意味があった。そこで、大阪市、大阪府警と協力して、本番なみの観客誘導と警備の体制をとった。

 スタジアムに近づくと道が色分けされた柵で区切られ、向かうスタンドごとに分けられていた。自分のチケットを確認すれば、その通路をたどっていくだけで自然に自分のはいるスタンドのゲートに到達する仕組みだった。
 そこまでは計画どおり進んだ。しかしその最後のところで、金属探知機を含む厳重な荷物チェックが行われ、予想外の時間がかかってしまった。試合が始まってから20分後にようやく自分の席にたどりついた観客もいたという。
 この出来事から、観客にとってのいくつかの「教訓」が引き出される。
 第1に、通常のサッカー観戦より早めにスタジアムに行くこと。国内の試合では、指定席をもっている人は試合ぎりぎりに行くことが多い。ワールドカップは全席指定だが、1時間前にスタジアムに到着するぐらいの余裕がほしい。

 第2に、荷物をできるだけ少なくすること。外国のサポーターは、女性でもバッグももたず、ポケットに小銭を入れ、チケットだけを握りしめてスタジアムに向かう。荷物が少なければ、チェックの時間も少なくて済む。
 JAWOCも、そうした点を観戦予定者に呼びかけていく予定だという。
 しかし実は、この出来事には重大な問題点がある。スタジアム外に何千人もの入場待機者がいるにもかかわらず、試合を始めてしまったことだ。
 以前にも紹介したことがあるが、国際サッカー連盟の安全な試合運営に関するガイドラインでは、「スタジアム内外がコントロール下に置かれるまでは試合を開始してはならない」ことになっている。
 「コントロールされた状態」とは、観客の大半が入場し、座席についた状態のことを示す。たくさんの人が入場を待っている状態のままで、選手入場の音楽が流れたり、キックオフの笛が吹かれて大声援が起こったら、ファンはあせり、ゲートや階段などに殺到して、重大な事故につながる恐れがあるからだ。

 すなわち、先日の長居の試合なら、キックオフを20分ほど遅らせなければならなかった。それが、試合を主催した日本サッカー協会と、この試合のマッチコミッショナーを務めた小倉純二氏(日本協会副会長)の責任であり、義務だったはずだ。
 「日本人は試合が始まっていてもあわてないから」というのは、ワールドカップの予行演習である以上、言い訳にはならない。長居ではたまたま事故につながらず、幸運だったと考えるべきだろう。
 過剰警備だったのかもしれない。ファンに対するPRが不足していたのかもしれない。観客の側にも、予想の甘さがあったかもしれない。しかし、現実として入場できないファンが数千人もいる状況なのに試合を始めてしまうという危険を冒したことは見過ごすことができない。「テレビ放送の都合」は、安全確保を犠牲にする言い訳にはならない。
 
(2002年3月27日)
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1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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