サッカーの話をしよう
No.419 美しきフィナーレ
美しいフィナーレだった。
6月29日、韓国南部の大邱。韓国とトルコの対戦には、3位決定戦らしい、角の取れた雰囲気があった。いつもは相手にブーイングを浴びせかける赤いサポーターたちも、この日は大きなトルコ国旗を掲げて両チームの健闘を期待した。
試合も見事だった。1カ月間に7試合。疲労のピークにありながら、両チームは果敢に攻め、ゴールを守った。勢いのうえでのファウルはあったが、汚い反則はほとんどない気持ちのいい試合だった。韓国が終盤に見せた追い上げは、理屈抜きで胸を打った。しかしそれ以上のシーンが試合後に待っていた。
終了のホイッスル。追い上げ空しく2−3で敗れ、グラウンドに倒れ込む韓国の選手たち。そこにトルコの主将ハカンシュキュルが歩み寄り、抱き起こした。そして肩を組んでいっしょに観客の歓呼に応えようとうながした。
やがてその輪はピッチ全面に広がった。交互に肩を組んだ両チームの選手たちが横一列になってスタンドのファンにあいさつに向かった。
「俺たちは最後まで戦いぬいた。きょうは勝者も敗者もない。みんなが勝者なんだ」
ハカンシュキュルのそんな気持ちが、あっという間にスタジアムを包み、公園や広場で応援していた数百万の韓国国民に伝わり、そしてテレビを通じて世界中に広まっていった。黄金のFIFAワールドカップの価値に勝るとも劣らない、すばらしいメッセージだった。
そして翌30日の横浜。ここでも、ドイツとブラジルの見事なプレーが私たちを酔わせた。しかし決勝戦に先立って行われた「クロージング・セレモニー」も、この大会の最後を飾るにふさわしい感動的なものだった。
豪華なショーだったわけではない。むしろ地味な演出だった。そのなかに出場32カ国の大きな国旗をもった数百人のボランティア・スタッフが「出演」していた。旗を運びながら、彼らは精いっぱい背伸びをしてスタンドを埋めたファンに手を振った。
この大会を支えてきたのは、間違いなく彼らボランティアだった。大会の役に立ちたいと、学業や仕事を休んで参加した人びと。どの会場都市に行っても、笑顔でファンを案内するボランティアの姿が目についた。世界中からやってきたファンや報道関係者の心に、ロナウドのゴールやカーンのセーブと同じように長く残るのは、ボランティアたちの心からの親切と、温かいもてなしの心だろう。
クロージング・セレモニーでは、そうしたボランティアたちが、自分の気持ちを体いっぱいに表現していた。言葉にならない彼ら自身の感動を7万の観衆に、そして世界の人びとに向かって示していた。ただの「お手伝い」ではない。彼らこそ、選手たちと並んで、この大会のひとつの主役であったことを、私は理解した。
7月1日午前1時。横浜国際総合競技場から新横浜駅に向かう報道関係者用シャトルバスは超満員だった。まだ興奮さめやらずに試合のことを語り合うブラジル人たち。ひざの上にパソコンを広げてわき目も振らずに仕事するドイツ人。1カ月間の取材で疲労困憊のカメラマンは、座ったとたんに居眠りを始めていた。
バスが動きだした。そのとき、メディアセンターからバスへの案内をしていたボランティアの女性たちが、バスに向かって両手を振った。バスのなかからどよめきが起こった。そして、多くの報道関係者が「アリガトウ!」と叫びながら手を振った。
サッカーはもちろん見事だった。しかしそれ以上にすばらしかったのは、人と人の心が結びつき、通い合ったことだった。
美しいフィナーレだった。
(2002年7月3日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。