サッカーの話をしよう
No.424 ボランチ天国
今季のJリーグを見ながら、ひそかに「このふたりを組ませてみたいな」と思った選手がいる。FC東京の宮沢正史と京都サンガの斉藤大介だ。
ポジションはともに「ボランチ(守備的MF)」。宮沢は左利き、斉藤は右利きで、共通する長所はロングパスのスピードと正確性。50メートル以上の鋭いライナーのパスで一挙に試合の状況を変えてしまうプレーは圧巻だ。
中央大を出て2年目、24歳の宮沢、大阪の金光一高を出て4年目、21歳の斉藤。ともに2006年を目指すに十分な若さがある。
気がつけば、「ボランチ天国」である。
ワールドカップでは、戸田和幸(清水エスパルス)と稲本潤一(現在はフラム=イングランド)のコンビが大活躍だった。明神智和(柏レイソル)、福西崇史(ジュビロ磐田)も見事なプレーを見せた。ケガなどにより代表からもれた選手にも、名波浩(ジュビロ磐田)、伊東輝悦(清水エスパルス)がいる。そして「トルシエ・ジャパン」ではDFだったが、所属チームではボランチとしてハイレベルなプレーを見せている中田浩二(鹿島アントラーズ)、服部年宏(ジュビロ磐田)もいる。
ヨーロッパで活躍している選手でも、稲本だけでなく、中田英寿(パルマ=イタリア)、小野伸二(フェイエノールト=オランダ)がともに「ボランチ」のポジションをこなしている。これらの選手を合わせると、10人にもなる。
「ボランチ」という言葉は、ブラジルと日本だけで通じるサッカー用語だ。「『舵取り』の意味」という通説に、私は異論をもっているが、今回は深く触れない。とにかく、DFラインの前、攻撃的MFの背後に位置し、守備のバランスをとりつつ、攻撃にも加わっていくポジションである。
日本代表クラスだけでない。その下の年代にも、将来性豊かなボランチが目白押しだ。アジア大会に出場する21歳以下の代表には、阿部勇樹(ジェフ市原)、森崎和幸(サンフレッチェ広島)、鈴木啓太(浦和レッズ)というタレントが並んでいる。日本のサッカーで、これほど選手層が厚いポジションはほかにない。
しかし喜んでばかりいられない。他のポジション、とくにFWと攻撃的MFが、非常に「手薄」だからだ。
かつて、子どもたちのあこがれは、まちがいなくFWだった。当然だろう。得点を取る役なのだから。ところが、80年代、ブラジルのジーコやアルゼンチンのマラドーナが活躍を始めたころから、主役の座は「攻撃的MF」にとって代わられた。
FWをおとりに使い、中盤からドリブルで上がっていって得点を取るプレーが受けた。やがて日本では、自ら得点を狙うのではなく、スルーパスを出して味方に得点させる「美学」へのこだわりを生んだ。イタリアに行く前の中田英寿がその典型だった(彼はイタリアで自らゴールを狙うことの重要さを認識し、日本代表の「攻撃的MF」の座を担うことになる)。
最近のサッカーでは、FWと攻撃的MFに対するマークが厳しく、なかなか思うようにプレーさせてもらえない。それを避けたいがために、指導者たちが攻撃の才能をもった少年たちを安易にボランチに下げてしまう例が多いのではないか。ボランチという役割に対する認識が深まったこととともに、そうした傾向も、現在の「ボランチ天国」ぶりを支えているのではないか。
しかし世界に通じるFWや攻撃的MFを増やしていかなければ、日本のサッカーは伸びていくことはできない。ユース年代のチームを預かる指導者は、安易にボランチをつくらず、攻撃面の才能を忍耐強く伸ばして、ぜひともワールドクラスのFWや攻撃的MFを育ててほしいと思う。
(2002年8月7日)
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