サッカーの話をしよう
No.430 審判の危機
審判が危機だ。
9月15日、DF田中が退場になって2点のリードを守りきれず、鹿島アントラーズに2−3で逆転負けを喫した東京ヴェルディのロリ監督は、試合後、上川徹主審を徹底攻撃した。
「30年間サッカーをやってきたが、あんなケースは初めて見た。日本サッカー協会が厳しい処分をしなければならない。半年間の出場停止と2年間の研修が必要だ」
問題のシーンは前半40分。鋭い縦パスが出て鹿島の柳沢が抜け出そうとしところ、懸命にマークした田中と接触し、ゴール正面、ペナルティーエリアのわずか外で倒れた。上川主審は、「決定的な得点機会をファウルで阻止した行為」として、田中にレッドカードを示した。
この日の上川主審は、激しくても積極的なプレーの意図のある接触は、極力続行させようとしているように見えた。これは日本協会技術委員会からの要望でもある。日本選手が国際試合で接触プレーに弱いのは、身体接触があるとすぐに笛を吹く日本国内の審判基準にも原因があるのではないかと、技術委員会はかねてから指摘していたからだ。
しかしその一方で、意図的な時間の浪費や、不正なプレーで守るなどの行為に対して、上川主審は断固とした態度をとった。そのひとつが、田中に対する退場処分だった。
私が「危機」だと思うのは、この判定が正しかったかどうかということではない。以前から良かったとはいえない審判とチーム(選手や監督)との関係が、ことしになってさらに、しかも急速に悪化しているように見えるからだ。
ワールドカップ後のJリーグだけでも、いくつもの「トラブル」が発生している。7月27日にはデンマーク人主審のフィスカー氏が市原と磐田との対戦のなかで1試合に5本ものPKを与え、磐田の鈴木監督を激怒させた。
9月7日の柏−名古屋戦では、布瀬直次主審が4人もの退場選手(柏3人、名古屋1人)を出した。名古屋のベルデニック監督は何もコメントしなかったが、柏のマルコ・アウレリオ監督は強い不満を示した。前半12分にレッドカードを受けて、その後の試合展開に大きな影響を与えた名古屋のウェズレイの退場処分に関してさえ、「理解できない」と語った。
人間のする行為だから、審判にミスがあるのは当然だ。それを受け入れなければサッカーはできない。しかし一般的に審判とチームとの信頼関係が崩れかけている現状は看過できるものではない。
そして私は、問題の一端が、審判の指導・評価と試合への指名を一手に預かる「審判委員会」のあり方にあるのではないかと感じている。
重大なミスがあったときにも、どうしても「仲間」をかばう形になる。そして、実質上の「処分」があっても、それは「しばらく指名しない」という「処置」や「配慮」にとどまり、発表されることもない。審判委員会は非常に閉鎖的に見える。
審判問題について、より広い意見を吸収する仕組みが必要なのではないか。
判定が正しかったかどうかを検証するために、元審判員だけでなく、元選手や元監督などを含めた特別のボードを組織し、その結果を審判や審判委員会に伝える仕組み。Jリーグの監督たちと定期的にディスカッションし、彼らの考えと審判たちの判断をすり合わせていく仕組み。何か問題があったときに、それを徹底的に調査し、結果をチームやファンに向けて公表していく仕組み...。
審判問題は、サッカーそのものの問題だ。審判委員会のなかですべてを解決しようというのではなく、サッカー界全体で信頼関係確立に努めなければならないと思うのだ。
(2002年9月18日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。