サッカーの話をしよう
No.433 フェアプレーへの気持ちを花に込めて
Jリーグの試合を見に行って、いくつか、「これはいいな」と思うものがある。
ひとつは、以前にも紹介したが、東京ヴェルディの試合で実施している入場直前の選手たちを映す大型映像だ。
ロッカールームから出てきた両チームの選手たちが、互いに、そしてレフェリーたちとも握手をかわしている。「いっしょにいい試合をしよう」というメッセージが、説明の必要なく伝わってくる。
もうひとつは、柏レイソルの試合前のアナウンスだ。
「○○チーム、そしてそのサポーターのみなさん、柏スタジアムにようこそ。柏市、レイソル・サポーター、そして柏レイソルは、皆さんを心から歓迎します」
すばらしい言葉だ。試合が始まれば、勝利のため、相手を倒すために全力を尽くす。しかしその前に、遠くからきてくれた相手チームとそのサポーターに敬意を表し、スタジアムにいる全員で温かく歓迎しようという、「ホスト」の意識が強く表れている。
このアナウンスが流れると、スタンドからまばらな拍手が起きる。本当はもっと盛大な拍手であってほしいと思うが、それでも、とてもいい瞬間だ。
そして最近、もうひとつ「お気に入り」ができた。浦和レッズの試合前、選手たちと手をつないで入場してくる子供たちだ。
ワールドカップですっかりおなじみになった「エスコート・キッズ」。Jリーグでも、実施するクラブが増えている。しかしレッズの「エスコート」は少し変わっている。
第1に、子供たちは11人しかいない。手をつないで入場してくるのはレッズの選手だけ。ビジターチームの選手たちにはついていない。そして第2に、子供たちはレッズの赤いユニホームではなく、黄色いシャツを着ている。
全員が入場して整列すると、子供たちは、いっせいにビジターチームの選手たちのところに行く。そして、手にもっていた一輪の花をそれぞれの選手に手渡し、恥ずかしそうに握手すると、そのまま走ってスタンド下に消えていく。
よく見ると、子供たちの黄色いシャツには、フェアプレー・マークがプリントされている。子供たちは、レッズの選手たちとビジターの選手たちを一輪の花で結び、双方に「フェアプレーでやろうね」と、約束させているのだ。
ワールドカップでは、試合前に選手たちが全員すれ違いながら握手をかわした。しかし試合前の緊張感のなかで、ときに相手を威圧しようとしているようにさえ見えた。
しかしかわいい子供たちから花を渡されて「フェアプレーをお願い」と言われたら、どんな選手の心にもずしんと響くのではないか。
「こんな子供たちが見ているんだ。お手本になるようなプレーをしよう」----。そう思わなかったら、プロ失格だ。ワールドカップの形だけをまねるのではなく、しっかりとした理念に裏打ちされたスマートなアイデアだと思う。
少し残念なのは、こんな素敵なメッセージが、スタンドにはあまり伝わっていないように感じられることだ。スピーカーからは「入場のテーマ」が大音響で流れたままで、サポーターの盛り上がりは最高潮。何をしているかのアナウンスも流れない。「もうひと工夫」ほしいところだ。
子供たちが手渡す花は、ビジターのチームカラーに合わせたガーベラだという。レッズの運営担当者は、試合日の朝早く、開店前の花屋さんから11輪のガーベラを受け取ってくる。
1本100円。合計1100円。それでも、どういうふうに使われるか知った花屋さんは、1本ずつていねいに包んでくれるという。そんな花屋さんの心も、選手や、スタンドのファン、サポーターに伝わってほしいと思うのだ。
(2002年10月23日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。