サッカーの話をしよう
No.436 149のオウンゴール
キックオフしては、バックパスし、自陣ゴールにけりこむ。またセンターサークルにボールを置き、キックオフする...。こんな異常なシーンが、90分間になんと149回も繰り返された。最終スコアは149対0。しかし記録的な勝利を得たチームは、ボールに触れることさえなかった。
アフリカ大陸の東に浮かぶ島国マダガスカル。この国の2002年チャンピオンを決めるために、4チームが東海岸にある人口10万人の町トアマシナに集まった。10月21日に始まったプレーオフは、しかし、最終日を待つことなく、地元トアマシナのASアデマが優勝を決めた。
27日日曜日、昨年のチャンピオンでもある優勝候補のオランピーク・レミルネ(SOE)がDSAと対戦、終盤まで2−1でリードしていたのだが、終了直前に相手にPKが与えられ、同点とされた。2位SOEが2−2で引き分けたことで、首位アデマの優勝が決まったのだ。
そして迎えた10月31日、プレーオフの最終日、アデマと対戦したSOEのラツァラザカ監督は、4日前のPK判定に対する抗議として、オウンゴールを入れまくるよう選手たちに命じたのだ。
もちろんSOEはプロチームである。ことしのアフリカ・チャンピオンズリーグでは3回戦に進出した実績もある。国内で連覇できなくても、2位を占めれば、来年のチャンピオンズリーグ出場も約束されていた。それを自ら投げ打ってしまったのだ。
それにしても、149点とは! どんなに力の差がある試合でも、90分間に10点取るのは簡単ではない。ワールドカップ予選でオーストラリアがアメリカ領サモアから31点を取ったことがあったが、「3分に1点」でも、攻めるたびにゴールが決まった印象だったという。149点とは、想像を絶するゴール数だ。
たしかに、オウンゴールなら、相手にボールを触らせることなく、10秒もかからずに1点を記録することはできる。しかしそれをキックオフから終了のホイッスルまで繰り返すことなど、よほどの執念がない限りできるものではない。監督の指示に従って、90分間、自分のゴールに入れ続けたSOEの選手たち(そのなかには、マダガスカル代表のキャプテンまで含まれていた)は、何を思っていたのだろうか。
怒ったのは、地元アデマの「完全優勝」を見ようと集まった約1万人の観客だ。その矛先は入場券売り場に向けられた。試合終了を待たずに窓口につめかけた観客は、口々に払い戻しを求めたという。
国際サッカー連盟は95年に「サッカー行動規範」を発表した。サッカーを健全に保ち、いつまでも人びとに愛されるスポーツであり続けさせるための10箇条だ。その第1条に、「勝利のためにプレーする(play to win)」とある。どんな試合、どんな状況でも、勝とう、ゴールを奪おうという姿勢をもち、そのために最善の努力をすることが、サッカーをスポーツとして成立させる。勝利のためにプレーすることは、フェアプレーの基本でもある。
審判や役員は、なぜこの愚行をやめさせることができなかったのか。審判は、相手ゴールに攻める気配も見せずにオウンゴールを繰り返すSOEの選手に対し、「反スポーツ的行為」としてイエローカードを出すことができただろう。それでもやめなければ、次々と選手を退場させ、試合成立の最少人数である7人を切った時点で打ち切ることができたのではないか。
世界は広い。サッカーには本当にいろいろなことがある。しかしこの話は、面白がっているだけではすまない。勝つために一生懸命プレーすることの大切さを、もういちど考えてみるべきだと思うのだ。
(2002年11月13日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。