サッカーの話をしよう
No.446 アラベスの小さなサンタ
「デポルティボ・アラベス」は、スペインのプロ・サッカー・クラブである。有名なレアル・マドリードやバルセロナなどにはなかなか歯が立たないが、ここ数年は1部リーグの座をキープし、昨シーズンには、無名選手ばかりで上位争いをかき回し、大きな話題にもなった。
スペイン北部、バスク地方の都市ビトーリア。アラバ州の州都でもあるこの町が、アラベスのホームタウンだ。人口20万あまり。その都心からすぐ南に、2万人を収容するホーム・スタジアム「メンディソロサ」がある。
1月4日土曜日、青と白のクラブカラーのマフラーを首に巻いた子供たちが、続々とやってきた。ことし最初のホームゲームは翌5日。この日は、試合はないはずだ。
子供たちは手に手に何かをもっている。スタジアムの入り口に数人の係員がいて、受け付けをしている。
子供たちがもってきたのは、使い古しのおもちゃだった。自分はもういらないけれど、まだ使えるおもちゃ。受け取った係員は、手にとって仔細に調べると、にっこりと笑って、「ありがとう」と言い、おもちゃをもってきた子供に小さな紙切れを渡す。ここ数年、ビトーリアでは、すっかりおなじみになった光景だ。
1956年を最後に1部リーグから転落し、2部、3部、さらにはアマチュア・リーグにまで落ちて不遇の時代を過ごしてきたアラベス。1995年、13年ぶりに2部リーグに復帰した記念として始められたのが、「小さなサンタ計画」だった。
クリスマスの時期、この町の子供たちはたくさんのプレゼントをもらうだろう。当然、古くなって使わなくなるおもちゃも出てくるに違いない。それを集めて、アフリカの子供たちにプレゼントしたらどうだろうと、ひとりの選手が考えたのが始まりだった。そのアイデアは、即座に実行に移された。
おもちゃを提供してくれた子供には、お礼として「特別ゲーム」の入場券がプレゼントされる。係員が渡していた小さな紙切れがそれだ。練習セッションのひとつを紅白戦にし、この入場券をもっている子供たちだけが招待されるという仕組みだ。
ことし集まったおもちゃは、カメルーンの子供たちにプレゼントされた。クラブは毎年船便でアフリカに送り出してきたが、ことしはスイス航空が無料で空輸を引き受けてくれた。昨年から世界各地の孤児を援助する「SOSチルドレン・ビレッジ」に協賛することになったこの航空会社のポリシーに、アラベスの「小さなサンタ計画」ほどふさわしい事業はないと判断されたからだ。
財政規模では、レアル・マドリードの20分の1にも満たないアラベス。しかしみんなから「マネ」と呼ばれているホセ・エスナル監督の好指導でチームワークは抜群。1部リーグで善戦してビトーリアの人びとを喜ばせている。
しかしそれだけではない。選手たちは、市内の学校や病院などを定期的に訪問し、子供たちと交流し、病気やけがで入院している人びとを勇気づける活動も盛んに行っているのだ。おもちゃを集めた2日前、1月2日にも、全選手が手分けして市内の病院を回ったばかりだった。
「小さなサンタ」となったビトーリアの子供たちは、カメルーンという国の話を聞かされ、そこの子供たちが自分のおもちゃで遊ぶ姿を想像したに違いない。そしてきっと、自分自身の小さな行いが、見知らぬ誰かを幸せにする喜びを知っただろう。
誰も無理をしていない。誰の肩にも力などはいっていない。ゆったりとしたバスクの生活のなかに豊かな心が広がり、それが次の世代へと受け継がれている。
(2003年1月29日)
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