サッカーの話をしよう

No.448 スポーツニュースに望む

 2月にはいり、1日ごとに日が長くなってくると、Jリーグのシーズン開幕が近づいてくるのを感じる。
 Jリーグが始まると、試合日には、どこか1試合を見に行く。他の試合の様子は、夜のスポーツニュースなどで知ることになる。そのスポーツニュースに、ぜひともお願いしたいことがある。
 「ゴールのストーリー」を見せてほしいのだ。
 短時間で試合の紹介をしなければならないスポーツニュースでは、当然のことながら、ゴールシーンが中心になる。しかし最近のスポーツニュースでは、ほとんどの場合、どんなゴールだったのか、知ることはできない。
 ゴールにはいったシュートシーンは繰り返しいろいろな角度から映される。しかしゴールに至る「ストーリー」が欠落してしまっているのだ。
 たしかに、シュートが決まるシーンは重要だし、力強さや躍動感にあふれていて、ときに感動的ですらある。ニュース映像の編集をする人がそこだけをクローズアップしたくなる気持ちはわかる。
 しかしゴールというのは、シュートだけで生まれるものではない。なぜそのようなシュートができる状況になったのか。そこには、見事なドリブル突破や、スルーパスや、また、相手DFを引き付ける味方選手の献身的な動きがあったはずだ。あるいはまた、守備側選手のミスのおかげだったかもしれない。こうした「ストーリー」がニュース映像のなかにしっかりと収められていれば、ゴールはより感動的になるはずだ。
 ことしの天皇杯決勝戦、京都サンガの決勝ゴールを思い出してみよう。ゴールにつながるプレーは、自陣右サイドで、鹿島アントラーズのミスパスを京都FW松井がカットしたところから始まる。
 目の前にスペースがあったので、松井は一気にスピードを上げてドリブルで前進する。最前線のFW黒部は、松井から離れるように左に走る。その内側を、MF鈴木慎が猛スピードで駆け上がってくる。
 スピードに乗ったまま、松井はライナーのロングパスを左前方の黒部に通す。左外でボールを受けた黒部は、内側にドリブル、ペナルティーエリアの右にはいり込んだ鈴木慎にパスを送る。しかし相手の激しい当たりで鈴木慎はゴールに向かうことができず、ボールを黒部に戻す。黒部は左足できれいにミート、コントロールされたシュートが、鹿島GK曽ヶ端を破ってネットに吸い込まれる。
 本当にすばらしい決勝ゴールだった。しかしこの夜、多くのスポーツニュースが取り上げたのは、鈴木慎から戻されたボールを黒部がけり込んだシーンだけだった。そしてそのシーンの別角度からの映像が、繰り返し流された。
 たしかに黒部のシュートは見事で、それだけで十分に美しかった。しかしこのゴールの最も決定的な部分は、松井の果敢なドリブル前進と、タイミングを逃さずに放った40メートルもの正確なパスだった。そこが欠落したら、このゴールの「ストーリー」が完全に語られたとはいえない。
 それはまるで、助さんか格さんかわからないが、葵の紋のはいった印籠を掲げる場面だけで『水戸黄門』を見た気になれと言うのと同じだ。
 短時間のニュースでも、できれば、相手からボールを奪うシーンからプレーを追ってほしい。少なくとも、ゴールにつながるパスを出す場面は、絶対に外さないでほしい。
 高原直泰がブンデスリーガで記録した初ゴールのニュース映像を見ながら、そんなことを考えた。あの得点の半分は、マハダビキアの見事なクロスにあった。高原のゴールに喜ぶあまり、ヘディングのシーンばかり繰り返し見せられたのでは、「ゴールのストーリー」は見えてこない。
 
(2003年2月12日)
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス

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1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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