サッカーの話をしよう

No.455 ストリートサッカーをよみがえらせよう

 ヨーロッパ・サッカー連盟(UEFA)が発行しているコーチたちのための月報に、興味深い話が載っていた。
 2月に17歳でイングランド代表にデビュー、最年少記録を更新したウェイン・ルーニーが、大スターになったいまも、幼なじみの少年たちと「ストリート・サッカー」を楽しんでいるというのだ。
 「ストリート・サッカー」。「裏通りのサッカー」とでも訳したらいいだろうか。数十年前には、世界のいたるところで見られた遊びだ。正規の「サッカー場」でのプレーではない。小さな空き地や車通りの少ない道に空き缶やシャツなどで一対のゴールをつくり、そこにいる人数を2組に分けてゲームをするのだ。
 イングランドでは、広々とした芝生だけの広場が町のあちこちにある。ルーニーと友人たちの「ストリート」とは、こうした場所の一部を使ってのゲームという意味だろう。

 がみがみと怒鳴るコーチもいない。時間制限もない。ひたすらゴールを攻め、ゴールを守る。疲れたら休む。そして日が暮れるまで続ける----。そんななかから、歴史的な名手たちが生み出された。
 「あなたのテクニックはどこで生まれたのか」と訪ねられたペレは、ぼろ布を丸めてボール代わりにし、はだしでストリート・サッカーに興じた少年時代の話を出した。
 何の制約もないから、自由な発想が生まれる。自分独自の間合いやタイミングを覚え、個性的なテクニックが身につく。そして、最も重要なのは、こうした自由で自主的な経験のなかから、自分自身の価値を見出し、サッカーというスポーツに対する愛情が生まれ、育まれることだ。
 ところが、そうした「ストリート・サッカー」は、社会が豊かになるにつれ、世界の各地から消えていった。サッカーのできる裏通りも、十分な広さをもった空き地もなくなった。いまでは、ブラジルでさえ、そうした光景を見る機会は大幅に減った。

 代わりにできたのが、サッカー・スクールやクラブの少年育成プログラムだ。整った施設、資格をもったコーチの下で幼少期からきちんとした指導が受けられるから、しっかりとした選手が育つ。
 しかしそのなかで、ストリート・サッカーの必要性が叫ばれている。少年時代に自由な発想でプレーしたことのない選手は、個性に乏しく、結果として、躍動するような生命力をサッカーが失いつつあるからだ。
 「どうしたら、ストリート・サッカーに近い形で子供たちを遊ばせることができるか」----それは、今日のヨーロッパや南米のコーチたちがかかえる重大なテーマでもある。
 その状況は、日本でも変わりはない。いやむしろ、ヨーロッパや南米のような「ストリート・サッカーの時代」を経ていないだけ、問題は深刻といえる。

 サッカー・スクールや少年団へ、少年たちは何か「習い事」でもするかのようにやってくる。コーチから教えられ、与えられることを、ただ待っている。そのスタイルは、中学、高校はもちろん、プロになっても続く。
 猛烈な勢いで世界に追いつくためのプログラムを進めてきた日本のサッカー。しかしここから先は、個々の選手の自発的なアイデアや、意欲的な自己表現にかかっている。
 少年期に、もっともっと「ストリート・サッカー」が必要だ。週に数回練習できる環境であれば、その1回か2回を、コーチは黙って見ているだけで、すべてを少年たちの自主性に任せてゲームをさせてもいいのではないか。
 少年たちは、自分たちのペースで学び、育っていく。「正解」を急いではいけない。忍耐強く、忍耐強く。それがコーチたちへの唯一のアドバイスだ。
 
(2003年4月2日)
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス

サッカーの話をしようについて

1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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