サッカーの話をしよう
No.463 あるプロ意識の欠如
先週水曜日に神戸で行われたU−22(22歳以下)の国際親善試合、ニュージーランド戦の後半13分のことだ。
プレーがストップしたとき、韓国の兪炳攝主審がひとりの日本選手に走り寄り、何かを話した。背番号22。後半から交代で出場し、この8分前に見事なミドルシュートで日本の3点目を叩き出したMF森崎浩司だ。
彼は走ってタッチラインの外に出る。そこにトレーニングウエア姿の日本代表スタッフが走ってくる。森崎が外に出された後、プレーは再開されているから、この間、日本は相手よりひとり少ない10人でプレーすることになる。何か不都合があるなら、早急に解決する必要がある。
寄ってきたスタッフに、森崎が何か話す。何があったかは明らかだった。森崎はネックレスをつけたままプレーしていたのだ。しかしそれを外そうとする用具係に、森崎は何かを頼む。スタッフは急いでベンチに戻り、何かを持ってくる。森崎はネックレスを外さず、粘着テープで胸元に貼り付けてもらったのだ。
そこまでは30秒間ほどだった。しかし森崎はなかなかプレーに戻ることができなかった。負傷の手当てのために外に出た場合には、プレーが続いている間でも主審の合図があれば中にはいることができる。しかし用具に不備があって外に出たときには、プレーが止まらなければピッチに復帰することは認められないからだ(ルール第4条)。結局、森崎は1分半もプレーから離れたままだった。
何のタイトルもかかっていない親善試合だった。すでに3点も差がついていた。森崎が不在の間に、日本が大きなピンチになったこともなかった。しかし森崎はこの出来事の重みをどうとらえているのだろうか。
「競技者は、自分自身あるいは他の競技者に危険となるような用具やその他のもの(宝石類を含む)を身につけてはならない」
ルール第4条の冒頭には、こう書かれている。
しかしJリーグでは、これまで、そのチェックが非常に甘かった。ネックレスやピアスなどが黙認されていた。
その一方、アマチュアの競技では、金属製のヘッドがついたネックレスやピアス、出っ張りのある指輪はもちろん、最近流行の肩こりを治すというソフトな素材のネックレスも、結婚指輪さえも外さされてきた。ソフトな素材のネックレスは他の選手にぶつかって危害を及ぼす恐れはないが、競り合いのときに相手選手の指がひっかかって思わぬ事態になる危険性があるからだ。
当然のことだ。サッカーの試合をしていれば、不可避の負傷もある。しかしプレーとは関係ないもので負傷者を出す危険を冒す必要はない。
サッカーのプロとは、アマチュアのお手本であるはずだ。磨き抜かれた技術や判断力、飛びぬけた体力、そしてピッチ上で最高のプレーを見せるための日常生活のコントロールなど、あらゆる面で最高の水準にある人が、プロであるはずだ。当然、試合で身につける物についてもお手本にならなければならない。
Jリーグは、今季前、試合では装飾品をすべて外すように通達した。しかしどうしたことか、シーズンが始まると、試合中に、装飾品を外すよう命じられ、外に出されるケースが何度もある。当然、試合前に審判はチェックするのだが、そのときには巧みに隠して出ていってしまう選手が少なくないというのだ。
なんというプロ意識のなさだろう。監督の信頼を受けて出場しても、審判にピッチから出るよう命じられたら、その間はサッカー選手ではない。観客と同じだ。こんなばかげた理由によりJリーグで外に出された選手や森崎浩司は、大いに恥じるべきだ。
(2003年5月28日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。