サッカーの話をしよう

No.474 不易のアイコンタクト

 「別に新しい考え方ではないよ。『不易(時代が変わっても変わらないもの)』といっていいものだ」
 そう話してくれたのは、日本サッカー協会の前会長・岡野俊一郎さんである。「アイコンタクト」について話していたときだ。
 1992年に日本代表の監督に就任したハンス・オフト(現在浦和レッズ監督)が、指導の際になんども繰り返した言葉のひとつが、「アイコンタクト」だった。選手同士が互いに目を合わせてコミュニケーションを図る方法である。サッカーだけでなく、一般の生活でも使われる。
 1953年10月、イングランド・サッカー協会の創立90周年(すなわちサッカー誕生の90周年)を記念して、イングランド代表と「ヨーロッパ選抜」の試合が行われた。当時の交通事情で世界選抜は組織できなかったが、国際サッカー連盟(FIFA)が公式に組織したチームだった。

 試合は激しい点の取り合いで、4−4の引き分けに終わった。9万7000人の観客を驚かせたのは、「選抜」の流れるようなパスワークだった。個人技が高いのは当然だ。しかし寄せ集めであるはずの選手たちが、まるで10年間もいっしょにプレーしているかのようなコンビネーションを見せたのだ。
 不屈の精神でロンドンのウェンブリー・スタジアムでの無敗記録を守ったイングランドだったが、その1カ月後の11月、同じ場所でハンガリーに3−6という屈辱的な敗戦を喫する。しかし明敏な人びとは、すでに10月のヨーロッパ選抜戦で、イングランド・サッカーの後進性に気づいていた。選抜との最大の違い、それは、「コミュニケーション」の緻密さだった。
 選抜には、言葉も通じない選手も多いはずだった。しかしパスは流れるようにつながった。彼らは、自然にアイコンタクトをとりながらゲームを進めていたのだ。

 イングランド・サッカーの「現代化」は、その教訓から始まったといってよい。そして66年には、地元で開催されたワールドカップで初優勝を記録する。西ドイツとの決勝戦で先制されたイングランドに息を吹き返らせたのは、FKのときにDFムーアとFWハーストがアイコンタクトをとってすばやき動き、西ドイツの守備態勢が整う前にハーストがヘディングで決めたゴールだった。
 さて、オフト以降、アイコンタクトは日本のサッカー指導でも重要な要素となった。
 目と目でコミュニケーションをするには、顔を上げなければならない。やっかいなのは、ボールはたいていの場合、足元にあるということだ。そのボールコントロールに気を取られていたら、顔は上がらない。アイコンタクトをするには、ボールをすばやくコントロール下に置き、さっと顔を上げなければならない。

 アイコンタクトといっても、互いに瞳の奥をのぞきあって心の奥底を探るわけではない。顔が上がれば、視野にはいるものは見える。その瞬間を逃さずに動けば、タイミングを誤らずにパスが出てくることになる。
 大事なのは、パスを受ける味方選手に「きみを見た」と知らせることだ。顔が下がったままで視線だけを上げても味方にはわからない。遠くから見ると、下がっていた顔が上がると、顔のあたりが「黒」から「白」へと信号が変わったように見える。それが動き出しのサインになる。
 ボールをもった選手は顔を上げる。周囲の選手はそれを注意深く見ていて、プレーの意図を知り、動きのタイミングを逃さない。
 アイコンタクトは、声をかけ合うことと同じように、選手から選手へとひとつの意図をつないでいくサッカーという競技の不変のベースだ。
 
(2003年8月13日)
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サッカーの話をしようについて

1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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