サッカーの話をしよう
No.477 カタールの野望
世界陸上で、3000メートル障害優勝のシャヒーン(カタール)が話題になった。大会直前にケニアから国籍変更したばかりだというのだから驚く。ただこの金メダルで、世界の人びとの脳裏に「スポーツ王国を目指すカタール」の名が刻み込まれたのは確かだ。
カタールは、アラビア半島の東側、ペルシャ湾に突き出た半島の国だ。1万1400平方キロ。秋田県とほぼ同じ面積の国土に、約57万の国民が住んでいる。そしてその約7割が、首都ドーハに集中している。
ドーハ。サッカー・ファンには忘れられない都市だ。93年10月、日本はここでワールドカップ初出場にあと数十秒まで迫りながら、ロスタイムに同点に追いつかれ、イラクと引き分けて夢を絶たれた。
そのカタールのサッカーが、ことし、大きく変わり始めている。世界的なスター選手が続々とカタール・リーグのクラブに加入し始めたのだ。
フランスのDFルブフ、ドイツのFWバスラー、MFエフェンベルク、そしてアルゼンチンのFWバティストゥータ。イラク情勢が落ち着いた6月以降、こうした選手たちが次つぎとやってきた。
その背景にあるのは、豊富な石油と天然ガス資源がもたらす外貨だ。スポーツ界に強い影響力をもつタミン王子は、10チームの1部リーグの活性化のため、各クラブに対し、それぞれ4人の外国人選手を獲得し、そのうち2人は高名なスター選手であることを要求している。
もちろん資金は国が負担する。「アルアラビ」クラブは、エフェンベルクに続いてバティストゥータを獲得したが、2年間で報酬約10億円という出費も(スタジアムは小さいが)、まったく気にならない。
カタールのクラブの「スターあさり」は終わったわけではない。スペインのDFイエロ、アルゼンチンのFWオルテガ、そして現在東京ヴェルディでプレーするカメルーンのFWエムボマなど、ベテラン選手に次つぎと白羽の矢が立てられているという。
野心的な補強はクラブレベルにとどまらない。カタール・サッカー協会は、7月に前日本代表監督のフィリップ・トルシエと契約を結んだ。トルシエはさっそくドーハで合宿をして選手を選考し、ヨーロッパ遠征も行った。
2000年にレバノンで開かれたアジアカップで、トルシエ率いる日本はカタールと対戦した。すでに準々決勝進出を決めていた日本は、大幅にメンバーを代えてこの試合に臨んだが、生き残りを賭けたカタールの攻勢にたじたじとなり、かろうじて1−1の引き分けに持ち込んだ。
小さな国だけに、人材も限られている。組織力があるわけでもない。しかし結局準々決勝で敗退したこのアジアカップでも、選手1人ひとりの勝利への意欲、ゴールへ向かおうという気持ちは、どこにも負けていなかった。
カタールは、81年のワールドユース選手権(20歳以下)で準優勝するなど、ずっとユース育成に力を注いできた。日本なら中都市程度の人口で常にアジアの上位をキープしてきたところに、この国の隠された力がある。もしトルシエの訓練が成功し、カタールが組織力と規律を身につけたら、間違いなく西アジアの強豪のひとつになるだろう。
カタールだけではない。世界のあちこちで果敢な取り組みが行われ、急激に成長している国がある。2002年ワールドカップでは、トルコ、韓国、セネガルなどとともに、日本もそのひとつに挙げられた。成長の足を止めることは、同じ地位を保つことではない。どんどん追い抜かれていくことを意味している。
リーグのレベルアップ、ユースの育成、代表の強化...。あらゆる面で、世界を見据えた努力の継続が必要だ。
(2003年9月3日)
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