サッカーの話をしよう
No.481 日本女子代表は美しく戦った
まったく逆の結果になっても不思議がなかったカナダとの試合を1−3で失い、日本女子代表の第4回ワールドカップが終わった。
「試合全体を通じて、間違いなく日本のほうが優れたチームだった。彼女たちはとても美しくプレーした。きっちりとパスを回して組み立て、カナダよりずっと組織だったプレーで、見ている私たちを楽しませた」
大会を主催する国際サッカー連盟(FIFA)が選任した技術研究グループのカナダ戦担当だったフラン・ヒルトンスミスはそう報告している。実力で得られるはずだった「ベスト8」の座を逃した悔しさがあるはずだ。しかし専門家のこの言葉は、小さな慰めにはなるだろう。
アルゼンチン、ドイツ、カナダと対戦したこの大会、明らかに体格差のあるチームを相手に、日本は高度な組織サッカーを見せた。あわてずにDFラインでつなぎ、そこから中盤の選手たちがしっかりとパスを組み立て、両サイドに展開して崩すサッカーは、本当に見事だった。そしてFW澤穂稀の「決定力」は、男子代表のジーコ監督さえうらやましがらせたに違いない。
サッカーを愛する人なら、この大会の日本女子代表のプレーぶりは見る価値のあるものだったはずだ。高い技術、しっかりとした戦術能力、仲間との協調、最後の最後までけっしてあきらめない精神、そして何よりも、フェアなプレーぶり。
昨年就任した上田栄治監督は、いかんともし難い身長やパワーの差があるチームに対抗するため、バランスの良いポジショニングと、サイドでスピードアップできる攻撃をつくり上げた。澤という国際的なスター選手に頼るのではなく、中盤の構成力を高め、チーム全体で押し上げていくサッカーは、優勝候補のドイツも手を焼いたほどだった。
しかしそれ以上に、日本女子代表のフェアな試合ぶりは感動的だった。
3試合、270分間を戦って、レッドカードはもちろん、イエローカードも皆無だった。出場16チーム中唯一の記録である。そして3試合で取られたファウル計33も、ブラジル(28)に次いで少なく、韓国と並ぶ(最多はナイジェリアの63)。そして受けたファウル計58は、北朝鮮の61に次いでいる。日本は、数多くの反則を受けながら、自分たちは非常にクリーンにプレーしたことになる。
数字に表れたものだけではない。日本選手は、どんな判定に対しても、文句を言わないのはもちろん、不満な顔さえほとんど見せなかった。
カナダとの試合の後半、FW大谷未央がMF宮本ともみのパスを受けて見事なダイビングヘッドでゴールに叩き込んだシーンがあった。2−2の同点! 引き分ければ準々決勝進出という試合だったから、日本にとって待望の得点だ。大谷はピッチに仰向けに寝転んで歓喜を表現した。しかし見ると、副審の旗が高々と上がっている。オフサイドの判定だった。
普通なら、「なぜ?」という表情のひとつぐらいする。しかし大谷は、ちらっと主審のジェスチャーを見ると、すぐに目を輝かせ、「次は決めてやる」という表情で自陣に戻って行った。こんな選手は初めて見た。その前向きな精神は、心を打つものがあった。
ファウルが少なかった背景には、ゴール前で圧倒的に不利な状況になるFKを相手に与えてはならないという、上田監督からの戦略的な指示もあったはずだ。しかしそれ以上に、厳しく戦いながらも、選手たちはルールをわきまえ、その範囲内でひたむきに戦った。そこには、現代の男子サッカーでは見られない純粋な感動があった。
日本女子代表は、本当に美しく戦った。
(2003年10月1日)
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