サッカーの話をしよう
No.489 2003年最優秀監督
「今シーズンのJリーグMVPはいったい誰だろう」
友人のジャーナリストがしきりに聞く。Jリーグ・アウォーズ(12月15日)で発表されるMVP(最優秀選手賞)は、選手や監督の投票で選ばれるが、ことしは、絶対的な候補がいない。シーズンを通じて活躍できた選手が多くはないのだ。
横浜なら、DF中澤佑二かMF奥大介だろうか。MF遠藤彰弘もコンスタントなプレーでチームを支えた。
私は、現在のJリーグで最も力があるのは浦和のFWエメルソンだと思う。昨年来のオフト監督の指導で、精神的にもずいぶん成長した。しかしシーズンの最も大事な時期に累積警告で2試合の出場停止になった代償はあまりに大きかった。
最優秀選手を選ぶのは難しい。しかし「最優秀監督」は簡単に選べる。市原のイビチャ・オシムだ。
今季のJリーグには、見事な仕事をした監督がたくさんいた。横浜の岡田武史監督は、第1ステージを制覇しただけでなく、主力の半数が欠けた第2ステージの前半に思い切った采配で見事にチームを立て直した。質量ともにハイレベルな動きとパスワークで相手守備を崩すサッカーも、高く評価されるべきだ。
FW高原、MF藤田を移籍で失うなど痛手を受けながら現時点で年間最多勝ち点を上げている磐田の柳下正明監督の粘り強さも見事だ。ファンを喜ばせる攻撃的姿勢を貫いたFC東京の原博実監督、降格の危機から東京Vを救い上げたオスバルド・アルディレス監督も、手腕を見せた。そして浦和に初めてのタイトルをもたらしたハンス・オフト監督がいる。昨年から若い選手を徐々に伸ばし、ことしの後半に一挙に花開かせた指導力はさすがだった。
しかしこうした監督たちのなかでも、市原のオシムは別格だった。
今季の市原は、第1ステージで優勝の可能性をつかんだが、最後の2試合でプレッシャーに押しつぶされる形で後退した。しかし第2ステージでも高いレベルのチームプレーを維持、最終節まで優勝争いに加わった戦いは、見事というほかない。
U−22代表のMF阿部勇樹がいるが、日本代表選手がいるわけではない。かといって韓国代表FW崔龍洙やスロベニア代表DFミリノビッチに頼りきりでもない。若く、代表とは無縁の選手たちが、それぞれの能力を最大限に発揮し、チームとして戦ったのが、今季の市原だった。
オシム監督は2月のキャンプで徹底した走り込みをさせ、「走る市原」をつくりだした。シーズンにはいると、ポジションにこだわらず積極的に前のスペースに走るプレーに目を見張った。こうしたプレーによって、選手たちが内面から変わり、喜びをもってプレーしているのを知った。そしていくつかの試合を見て、オシム監督の指導が日本人選手の長所をフルに発揮させるものであることに気がついた。
日本人選手は、体格面やパワーでは劣っても、持久力に優れ、チームプレーの意識をもち、与えられた役割に対する責任感が強い。市原は、ただ走るだけではない。シンプルにボールをつなぎながら選手が連動して動く。スタンドプレーは皆無。ひとりで「スーパープレー」を狙うのではなく、数人のシンプルなプレーで驚きをつくり出す。
勝負はままならないこともある。勝った経験に乏しい選手たちは、プレッシャーにどう対処したらいいか、まだ身につけていなかった。
しかし1年ですべてを変えるわけにはいかない。オシム監督は、来季も市原の指揮をとる方向だという。「オシムのサッカー」が2年目にどんな発展を見せるのか、期待をもって見守りたい。
(2003年11月27日)
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