サッカーの話をしよう
No.502 アウェーでの予選というもの
アブダビから戻って数日たつが、まだ時差の影響が抜けない。
朝がつらい。目覚ましが鳴っても頭の中で5時間引いて「アブダビはまだ夜中か」などと思うと、とたんに起き上がる力が失せてしまう。その代わり、夜になると頭が冴えてなかなか寝付けない。原稿を書くにはいいが、午前中ぼうっとしているのはつらい。
オリンピックのアジア最終予選を2勝1分け、首位で折り返してUAEの首都アブダビから戻ってきたU−23日本代表。しかし休む間もなく、日曜日に始まる後半戦「日本ラウンド」の準備にはいった。残り3試合はホームの声援を受けての試合とはいえ、予断は許さない。不利な条件もいくつもあるからだ。
そのひとつが時差調整だ。アブダビでの前半戦のために、日本は試合が始まる1週間以上前に現地入りし、時差の調整を図った。そして現地時間に慣れたと思ったら、日本ラウンドのために再度時差調整しなければならない。
昨年、日本女子代表がワールドカップ予選のプレーオフをメキシコと戦ったときも、最初がアウェーだった。15時間もの時差を調整し、1週間後のホームゲームのために帰国してから再び時間を戻さなければならなかった。相手チームは、時差調整は日本に来る1回だけでいい。時差を調整するだけでかなりのエネルギーを必要とするから、それが倍になったら、大きなハンディに違いない。
今回のオリンピック予選の相手3カ国はすべて中東の国。前半戦のUAEラウンドには時差調整は必要なかった。日本のようにいちど調整したものを戻すのではなく、1回調整すればいいのだから、負担はずいぶん違うだろう。
日本にとってもうひとつの問題は、アブダビの暑さに備えたトレーニングの負担だ。
ワールドカップ・フランス大会を目指した97年のアジア最終予選で、日本は9月7日にホームでウズベキスタンと戦い、13日後の9月20日にアブダビでUAEと対戦した。「気温40度、湿度80パーセント」と予想された過酷な気象条件下の試合に備えるため、日本代表は試合の10日前に日本を出発し、UAEの隣国オマーンで暑さに慣れる過酷なトレーニングをこなした。
40度にこそならなかったが、あのUAE戦のような暑さの試合を、私はほかには知らない。日陰の記者席に座っていても、滝のように汗が流れ、下を向いてノートに書き込んでいると、その上にぽたぽたと落ちた。しかしトレーニングのおかげで日本は最後までしっかりと戦い、0−0で引き分けて勝ち点1を得た。
だがそのわずか1週間後、東京に戻っての試合では、1点を先制しながら、終盤に2点を失って韓国に逆転負けを喫し、そこから3連続引き分け、加茂監督解任など、迷宮をさまようことになる。韓国戦の最大の敗因は、オマーンでのトレーニングとUAE戦で蓄積された疲労だった。
今回のオリンピック予選では、UAEラウンド3試合の疲労は全チーム同じ条件だ。しかし日本には、その前の暑さ対策のトレーニングの疲労もプラスされる。
日本の代表チームが「アウェーで戦う」ということは、鹿島アントラーズが埼玉スタジアムで浦和レッズと戦うのと同じではない。時差、気候の変化、食事や環境の変化など、あらゆるものとの戦いに打ち勝たなければ、アウェーでの勝利はありえない。そしてその勝利は、時として大きな代償を要求する。
残された数日のうちに、日本の選手たちはどこまでダメージから回復し、コンディションを整えることができるだろうか。おそらく、100パーセントの状態にするのは無理だろう。そこに日本ラウンドの怖さがある。
(2004年3月10日)
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