サッカーの話をしよう
No.503 さよならゴールデンゴール
先日決まった今年度のルール改正の話をしよう。
サッカーのルール改正を決める「国際サッカー評議会」の年次総会は2月28日にロンドンで開催された。私が期待した「FK前進ルール」や「負傷者2分間ルール」は残念ながら採択されなかった。人工芝の公式戦使用が認められ、親善試合でも交代は6人までと定められた。
いちばん大きな改正は、「得点の方法」というタイトルがついたルール第10条だろう。手で得点してもいいことになったわけではない。90分間を終わって同点の場合にも、引き分けにはできない大会における勝敗決定方法の規定が加わったのだ。そして、93年以来、国際サッカー連盟(FIFA)主催の大会で採用されてきた「ゴールデンゴール(日本ではVゴール)」が廃止された。
これからは、勝ち抜きチームを決めなければならないノックアウト方式の大会では、前後半合わせて30分間までの延長戦を行う。延長戦の間にどちらか一方のチームが得点を記録しても、決められた時間までプレーして、得点の多いチームが勝者となる。それでも決まらない場合には、PK戦で決着をつける。
新ルールは7月1日から世界中で実施される。したがって、すでに開催要項が発表されているJリーグのナビスコ杯の決勝トーナメントやサントリーチャンピオンシップも、Vゴールでなく、通常の延長戦に変わる可能性が大きい。
積極的にFIFAの大会に「ゴールデンゴール」を取り入れたのは、当時事務総長のブラッター現会長だった。ワールドカップの86年大会でベルギーが、90年大会でイングランドが、それぞれ3試合もの延長戦を戦った。合わせると、他チームより1試合分多く戦ったことになる。こうした負担を少しでも軽くしようという考えだった。当時「サドンデス」と呼ばれていたこの方式に「ゴールデンゴール」という名称をつけたのも、彼自身だった。
しかしヨーロッパを中心に、2年ほど前から批判が高まっていた。「ゴールデンゴールはサッカーの精神に反している」というのだ。
「失点という失敗があっても、決められた試合時間内ならそれを取り戻すチャンスを与えられる。それがサッカーの精神ではないか」
そう鋭く批判したのは、イングランドの名門アーセナルを率いる名将ベンゲルだった。
ヨーロッパでは昨季から「シルバーゴール」方式を採用している。延長戦にはいってどちらかが得点しても、その得点のあったハーフまでは試合を続ける方式だ。延長前半の時間内に得点が生まれても延長戦のハーフタイムまで、後半に生まれても延長戦が終わるまで試合が続けられる。
しかし試合の勝敗を決める方法の不統一は混乱を招く。そこで今回のルール改正でゴールデンゴールを廃止し、通常の延長戦に戻したのだ。そして昨年までは全17条のルール内には含まれていなかった「試合の勝者を決定する方法」のガイドラインを、第10条に組み入れ、強制力をもたせることにした。
2002年ワールドカップでは、決勝トーナメントの16試合中5試合が延長戦にはいり、3試合がゴールデンゴール、2試合がPK戦だった。
日本のファンにとって「ゴールデンゴール時代」の最高の思い出は、間違いなく、97年、マレーシアのジョホールバルで行われたワールドカップ予選アジア第3代表決定戦、イラン戦の岡野雅行のゴールだろう。
延長戦も残りわずか、通算117分の得点だった。中田英寿のシュートを相手GKがはじき、ゴール前にこぼれてきたボールを岡野がスライディングしながら押し込んだ。一瞬置いて、歓喜が爆発した。そんな経験は、もうできない。
(2004年3月17日)
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