No.511 ゴールの予感がする
「なんとなく、あそこにこぼれてくる気がした」
私のクラブのある試合で、ゴール前のこぼれ球をポンとけって得点した選手がこう話した。周囲の選手たちは「ごっつぁんゴール」と冷やかしたが、私は「そういう感覚が大事なんだ」とほめた。
体が小さく、足が遅く、おそろしくへたくそな選手だった私だが、その割に、若いころはよく点を取った。豪快なシュートなど皆無。ほとんどはゴール前のこぼれ球を押し込むような得点だった。
その直前に、なんとなく「ここにくる」という感覚があった。すうっと動くと、本当に目の前にボールがきて、楽にけり込むことができた。残念なことに、そうした感覚が訪れるのは、10試合に1回程度だったが...。
ストライカーほど個性豊かなポジションはない。右足シュートのうまい選手、左足が得意な選手、ヘディングが強い選手、足が速い選手...。ともかく、どんな欠点があっても、毎試合1点ずつ取ってくれたら、誰も何も言わない。
私にとって、これまで見たなかで最も想像力を刺激されたストライカーは、ゲルト・ミュラーだった。
1945年生まれ。70年と74年のワールドカップに西ドイツ代表で出場し、70年には得点王(10ゴール)になり、74年には決勝戦で見事なゴールを決めて優勝に導いた。西ドイツ代表62試合で68得点、ワールドカップ通算14得点、ブンデスリーガ通算365得点など、数々の大記録をもつ偉大なストライカーだ。
しかし彼は、おせじにも「かっこいい」タイプではなかった。身長は176センチ、足が短く、ずんぐりとした体つきで、しかも10代のころには丸々と太っていた。地方のクラブでともかくゴールを量産していたので、18歳のときに地域リーグのバイエルン・ミュンヘンに引き抜かれたが、彼を一目見た監督は「やせなければ使わない」と冷たく言い放った。
厳しいトレーニングで10キロ近くの減量に成功すると、彼は猛然とゴールを決め始めた。同じ年齢のフランツ・ベッケンバウアーとのコンビは、やがてバイエルンをブンデスリーガに押し上げ、西ドイツ、そしてヨーロッパのチャンピオンへと成長させていく。
彼の得点は「小さなゴール」と呼ばれた。豪快なシュートはほとんどなく、多くが、ゴールのすぐ前、ゴールエリア内からのものだったからだ。相手DFとGKの間でクロスに合わせる、味方のシュートをGKがこぼしたところに詰めて押し込む、あるいは、相手のGKとDFが譲り合ったところに体をねじこんで押し込む。それこそ、ゲルト・ミュラーの真骨頂だった。
「そこにくるのがわかるんだ」と、彼は語った。この言葉にこそ、彼の得点力を解明する重大なポイントがある。人並み外れた反射神経に加え、常軌を逸した予知能力こそ、彼の得点力の秘密だった。その能力を駆使して、彼は前にも後にも例のない独創的なゴールを次つぎと生み出した。若いころ、彼のこの能力に着目したバイエルンのコーチたちは、それを最大限に発揮するためのトレーニングを考案して、毎日30分間、個人練習をさせたという。
このところ、日本のサッカーにも若い個性的なストライカーが育ち始めている。しかしゲルト・ミュラーのように、特別な予知能力で「ごっつぁんゴール」を量産するプレーヤーはほとんど見当たらない。もしかするとそれは、現在の育成システムのなかで、こうしたタイプのストライカーが予想されておらず、その能力が見落とされているせいではないか。日本のどこかにも、必ず、ゲルト・ミュラーばりの予知能力をもったストライカーが眠っているはずだ。
(2004年5月19日)