サッカーの話をしよう

No.522 この夏、最も自分を恥じた瞬間

 台風16号が通り過ぎて、夏が終わった。ヨーロッパ選手権からアジアカップ、アテネオリンピックと続いた2004年の長い夏が終わった。
 きょうは、この夏でいちばん、私が自分自身を恥じた瞬間の話をしよう。それは7月31日、中国の重慶で行われたアジアカップ準々決勝のことだった。
 ヨルダンとの準々決勝は予想に反して苦しい試合となった。相手より休みが1日短く、しかも大半の選手が休みを取らず4試合連続出場となったためだろうか、日本は非常に動きが悪かった。完全な劣勢だったわけではないが、次つぎと守備を突破され、シュートを打たれた。1−1の同点でどうにか120分間をしのぎ、PK戦に持ち込んだという形の試合だった。

 そのPK戦。先攻日本の2番手三都主アレサンドロが、1番手中村俊輔のキックをコピーするように、踏み込んだ立ち足を滑らせて大きくけり上げてしまった。すでに、ヨルダンの1番手は、右足で力強くけり込んでいた。
 信じ難いことが起こったのはそのときだった。ヨルダンの2番手のキック順だというのに、日本のキャプテン宮本恒靖が主審のところに走り寄り、両手を後ろに回して何かを必死に懇願している。さらに信じ難い光景が続いた。本部役員のところに行って何かを確認した主審が、PK戦で使用するゴールを変更すると指示したのだ。
 抗議するヨルダン。混乱するピッチ。混乱が収まり、代えたゴールでヨルダンの2番手が決める。3番手になって日本は福西崇史がようやく決めたが、相手も決めて1−3。絶体絶命の状況だ。しかしここでGK川口能活が奇跡を起こす。相手の4番手のキックを左手1本で止め、5番手は右に外す。5人を終わって、日本が3−3に追いつく。

 ところが日本の6番手、中澤佑二のキックは相手GKにストップされる。相手の6番手はFWズブン。それまでの試合を見て、私が最も警戒していたスーパーサブだ。この試合も後半半ばに出場し、まだ十分足に力が残っている。
 このときである。
 PK戦が行われていたゴールに近いスタンドに設けられた記者席で、私は思わず目をつぶって祈ろうとしたのだ。
 「いけない!」
 つぶりかけた目を、私は見開いた。どんな状況になっても、日本の選手たちはけっしてあきらめず、顔を上げて必死に勝利を目指している。それを最後まで見守るのが、私の役目ではないか----。
 その瞬間、ズブンの強いシュートを、左に跳んだ川口が右手1本ではじいた。ボールは計ったようにバーに当たり、ピッチ内に落ちた。そして続く7番手宮本が冷静に決め、追い詰められた相手のキックはポストを直撃して日本の準決勝進出が決まった。

 私が深く自分自身を恥じたのは、一瞬でも、目をつぶって何かにすがろうとした弱さだった。1997年のワールドカップ・アジア最終予選を通じて、可能性がある限り最後の最後まで戦うメンタリティを得たつもりだったのに、何という弱さだろうか。
 試合後川口は、相手の4人目から事前にコースの予測をやめ、キックに反応することにしたのだと語った。あとでビデオを見ると、ボールをセットするキッカー、ズブンの一挙手一投足を、彼は表情ひとつ変えずに凝視していた。何の力みもなかった。結果も考えていないようだった。ただ、自分が、そして自分のみができることに集中していた。そこに、虚勢ではない本物の「強さ」があった。
 夏が終わり、9月8日のインド戦(コルカタ)からワールドカップ予選が再開される。私も、もういちど強いメンタリティを思い起こして取材に当たらなければならない。
 
(2004年9月1日)
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