サッカーの話をしよう

No.523 なでしこフェアプレーの原点

 アテネ・オリンピックの女子サッカーで、日本女子代表(なでしこジャパン)がフェアプレー賞を獲得した。
 国際サッカー連盟(FIFA)運営の大会では、毎試合、マッチコミッショナーがフェアプレーポイントをつける。イエローカードやレッドカードの数だけでなく、相手選手やレフェリーへの敬意、ベンチでの控え選手や役員の態度、積極的な攻撃を試みたかなどがチェックされ、ポイント化される。それを平均し、最も高得点だったチームにフェアプレー賞が与えられる。
 今回、日本は3試合を戦って857ポイント。スウェーデンと並ぶ最高得点で、両者受賞となった。
 女子の1次リーグが男子の試合と組んで行われるおかげで、オリンピックでは女子と男子の試合を交互に見ることができる。誰もが気づくのが、女子の試合のクリーンさだ。
 勢い余っての反則、技術が未熟なための反則はある。だが男子サッカーではどの試合でも見られる故意の反則、報復行為などほとんどない。今大会も、女子の試合では、一発退場は皆無だった。世界のトップクラスといっても、総合力からいえば男子高校生ぐらいのレベルかもしれないが、女子の試合が見ていて心地よいのは、そのためもある。
 なかでも日本のクリーンさは群を抜いていた。アメリカとの準々決勝まで3試合を戦い、1枚もイエローカードを出されなかったのだ。出場全10チームで唯一の記録だ。
 上田栄治監督が率いた今回の「なでしこジャパン」は、昨年の女子ワールドカップ(アメリカ)でも3試合を戦ってイエローカードなしという記録を残している。この大会では、フェアプレー賞の対象がベスト8以上に限定されたため受賞は逃したが、2つの世界大会で連続してイエローカードなしというのは、おそらく、FIFAの大会の歴史でも空前の記録だろう。
 日本選手があまりにひ弱で反則さえできなかったのではない。それどころか、ラインを前へ前へと押し上げ、前線から積極的に相手にプレッシャーをかけ、ときには激しくボディーコンタクトしながらボールを奪おうと戦った。しかしきたないプレーや卑劣な反則は一切なかった。
 スウェーデンを倒した歴史的な1勝の後、日本はナイジェリアと対戦、相手の激しい当たりに苦しんだ。この日の主審があまり反則をとらなかったため、ナイジェリアの反則はエスカレートし、そのなかでMF宮本ともみが右足に8針も縫う裂傷を負うというアクシデントも起こった。
 しかし日本の選手たちは冷静さを失わなかった。ナイジェリアの当たりに慣れると、いつものようにしっかりとパスをつないで中盤をつくり、試合を次第に日本ペースに変えていった。
 試合後、取材陣はミックスゾーンと呼ばれる場所で選手たちから話を聞くことができる。この日のミックスゾーンで、私は深い感銘を受けた。
 松葉杖をついて出てきた宮本が、まったくいつもと変わらない穏やかな表情で話をしているのだ。ナイジェリアに0−1で敗れた悔しさ、自らの負傷、次の試合に対する不安などを一切表に出さず、ひとつひとつの質問に、礼儀正しく、ていねいに受け答えをしている。他の選手たちも同じだった。自分自身の反省を語り、次の試合に向けての課題を語った。
 「この選手たちは、本当に強いんだ」
 そう感じた。その強さは、おそらく、サッカーに対する純粋な情熱から出ているのだろう。サッカーを心から愛し、楽しんでいるから、余計な反則はせず、自分たちのプレーに集中できるのだ。フェアプレーの原点は、そこにあるに違いない----。私はそう確信した。
 
(2004年9月9日)
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