サッカーの話をしよう

No.540 バルセロナのエンジと紺

 2004年の「世界最優秀選手」にロナウジーニョが選ばれた。このブラジル人FWは、信じがたいテクニックで相手を抜き、シュートを決める。そしていつも楽しそうな顔でプレーし、「サッカーの喜び」を世界中に伝えている。
 そのロナウジーニョに引っぱられて、スペイン・リーグで首位を快走しているのがFCバルセロナだ。いま世界で最も注目を集めているクラブは間違いなくバルセロナだ。
 私には、このクラブについて以前から不思議に思うことがあった。クラブカラーの由来だ。FCバルセロナはスペインの自治州であるカタルーニャのシンボルともいうべき存在だ。ところがカタルーニャの旗は「赤と黄」なのに、FCバルセロナは「エンジと青」なのだ。この色は何に由来するのだろうか。

 FCバルセロナの創始者はハンス・カンペールというスイス人。アフリカで事業を興そうと祖国を旅立った22歳のハンスは、叔父の住むバルセロナに立ち寄り、偶然が重なって住み着くことになる。スイスでFCチューリヒの創立にもかかわった彼は、ここにもサッカーのクラブを創ろうと思い立ち、1899年、10人の仲間とFCバルセロナを創立する。仲間の多くは「外国人」だったが、スペイン人も何人か含まれていた。
 ある資料によれば、「エンジと青」は、彼の出身地であるスイスの州旗からとったものだという。しかしハンスはチューリヒ州の出身で、その旗は「白と青」である。
 最近、ようやく疑問が解けた。イギリス人のJ・バーンズが書いた『バルサ』という題の本に、「エンジと青」の起源が書かれていたのだ。

 クラブを立ち上げて間もなく、ハンス・カンペールはイギリス人兄弟に声をかけた。運送業者ウィッティ家のアーサーとアーネストだった。バルセロナで生まれ、イギリスの「マーチャント・テイラー」というパブリックスクール(私立寄宿学校)で学んで戻ってきたばかりの兄弟は、たちまち中心選手となった。
 「マーチャント・テイラー」の校技はラグビー。サッカーはなかった。しかしバルセロナには芝生のグラウンドはなく、石ころだらけのグラウンドでラグビーをするのはあまりに危険だったので、戻ってきてから、兄弟はもっぱらサッカーをしていたのだ。
 クラブが誕生して1年後の1900年11月、バルセロナは初めて「エンジと青」でプレーした。それは、ウィッティ兄弟の母校「マーチャント・テイラー」のラグビーチームのカラーだった。

 ふたりがパブリックスクールで学んだのは、純粋なスポーツマンシップだった。スポーツとは、自らを鍛え、友情を築くものだった。「フェアプレー」は、その最も重要な規範だった。その精神を、自分たちの新しいクラブにも吹き込もうとしたのだ。
 ハンスは、やがて「ジョアン・ガンペール」というカタルーニャ風の名前に改称し、クラブを大きくするためにビジネスを広げ、政治とも結びつけた。現在FCバルセロナがカタルーニャの独立運動と密接な関係をもつのは、その伝統を引くものでもある。
 しかしウィッティ兄弟は、そうしたハンスのやり方に賛同できなかった。役員就任の要請を断り、終生、一会員として過ごした。彼らの名前はやがて忘れられ、「エンジと青」のカラーだけが残った。
     ◇      
 ワールドカップ予選で北朝鮮と対戦することになって、サッカーとは無関係の関心が高まっている。しかし私は、ウィッティ兄弟のように、純粋なサッカーの試合としてこの試合を応援し、楽しみたいと思っている。日朝間には難しい問題があるが、この試合には関係がない。あくまでもスポーツとして、スポーツらしく開催してほしいと思う。

(注)スイス名はHans Kamperで、カタルーニャ名はJoan Gamper。一般には、バルセロナの創立者は「ハンス・ガンペール」と書かれることが多いが、スイス姓は濁音のない「カンペール」が正しい。
 
(2005年1月19日)
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