サッカーの話をしよう
No.555 ユールネバーウォークアローン
今季のJリーグで第4節まで無敗で首位を走り、いよいよリーグ戦で優勝争いかと期待されたFC東京。しかし負傷者が続出し、5月4日まで6連敗という泥沼に陥った。最悪の状況で迎えた5月8日の大宮戦、サポーターは「ユール・ネバー・ウォーク・アローン」を歌い続けた。
いつもなら、選手入場の直前に歌うこの曲。しかしこの日は、選手たちがピッチ上でアップしているときから歌い始め、ハーフタイムにも、そしてロスタイムの失点で勝利を逃し、肩を落として引きあげていく選手たちの後ろ姿にも、力強く歌いかけた。
「どんなときでも、僕たちがついている。君たちはけっしてひとりじゃない」
「Jリーグ公式記録集」によれば、F東京がJ1に昇格した2000年の秋に「7連敗」という記録がある。しかしそれは4連敗後に1つの引き分けがはさまれており、しかも延長戦負けが1試合ある。今季の6連敗は、クラブ史上最もひどい悪夢に違いない。そのさなかにあって、そして、この日もほとんど手中にしかけていた1カ月ぶりの勝利を最後の瞬間に逃した悔しさも押し殺し、サポーターは選手たちに対して無条件の愛情を示し、励まし続けた。これこそ、本物の「サポーター」というものだ。
「ユール・ネバー・ウォーク・アローン」を初めて生で聴いたのは、74年ワールドカップでスコットランドの試合を見たときだった。ドルトムントの巨大なゴール裏スタンドを埋めたサポーターたちの歌の力強さに圧倒された。
独特の抑揚をもつこの歌は、イングランド・リーグのテレビ放送で何十回も聴いてすっかり耳についていた。しかしスタジアムでは、それが単なるコーラスではなく、ピッチに巨大なパワーを注ぎ込むものであることを知った。
この曲が英国のスタジアムで歌われるようになってからわずか10年。しかしすでに、「ユール・ネバー...」は、「聖なる歌」になっていた。ただし英国生まれではない。アメリカのブロードウェイ・ミュージカルの曲だった。
1945年初演の『回転木馬』。その劇の重要な転換ポイントと、フィナーレで歌い上げられるのがこの曲だった。天国から舞い戻った男が、地上に残されて苦労するひとり娘に歌いかける曲だ。
「嵐のなかを進むときには、闇を恐れず、頭をしっかり上げなさい。嵐が過ぎ去ったら、輝くばかりの青空が広がり、ひばりのさえずりさえ聞こえるだろう。風を突きぬけ、雨を貫いて歩き続けなさい。たとえ夢が打ち砕かれても、胸に希望を失わず、歩き続けなさい。きみはけっしてひとりではない。そう、いつも私が見守っている」
やがてミュージカルは映画になり、60年代はじめに英国リバプール市の人気グループがこの曲をカバーして大ヒットさせたことで、サッカー・スタジアムでも歌われるようになる。最初に歌ったのは、リバプールFCのサポーターたちだったという。そしてこの曲がサポーターの「聖なる曲」になるには、そう時間はかからなかった。
リバプールFCのホームスタジアムのひとつの門には、「YOU'LL NEVER WALK ALONE」の文字でつくられたささやかなアーチがかかっている。クラブとサポーターの関係を過不足なく表現する言葉だ。そしてことし、リバプールは20年ぶりにUEFAチャンピオンズ・リーグ決勝進出に成功した。
苦しい時期もあった。しかしサポーターはどんな試合でも心を込めて「ユール・ネバー...」を歌い、選手たちを励まし続けた。サッカーのクラブを応援するというのはそういうものだ。きっと、F東京のサポーターたちも、それをよく知っているのに違いない。
(2005年5月11日)
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