サッカーの話をしよう
No.558 正念場
「正念場」がやってきた。
この言葉は、元々は「性根場」だったらしい。「本来の姿を現すべき重要な場面」というような意味である。
今週金曜、日本代表はアウェーでバーレーンと戦う。勝てば3大会連続のワールドカップ出場に大きく前進する。引き分けでも勝利に近い価値がある。だが負ければ、グループ3位に転落し、追い詰められることになる。
2002年7月に就任が決まり、10月のジャマイカ戦で初めて指揮を執ったジーコ監督。以来、先月のキリンカップまで3年間で47戦26勝9分け12敗。就任時に27位だった「FIFAランキング」は、昨年のアジアカップではね上がり、ことし4月には17位になった。世界のなかでの日本の実力を正確に表す数字とは思えないが、「どんな試合でも勝つことに全力を注ぐ」という、ジーコのスピリットが反映された結果であることは間違いない。
2002年ワールドカップ決勝トーナメントのトルコ戦を見たジーコは、「監督に言われたことしかできないチームでは、世界とは戦えない」と憤慨した。その怒りが、自ら日本代表の監督に就任するという、誰もが(本人さえ)予想していなかった事態につながった。
「選手たちが才能を伸び伸び発揮し、自分たちの判断で試合を進めていけるチーム」。それがジーコの目指した日本代表だった。Jリーグ開始前の1991年以来11年にわたって日本のサッカーにかかわってきた彼は、日本選手たちの才能を、まるでわがことのように誇りにしていたのだ。
サッカーチームの成長とは、水を与えれば伸びるというたぐいのものではない。人間の成長が、背が伸びる時期、筋肉がつく時期、神経系が発達する時期、精神的に成熟する時期などそれぞれにずれているように、チームも、伸び悩みの時期、急成長で自信がふくらむ時期、そして壁に突き当たる時期などを繰り返しながら成長していく。
ジーコのチームは2004年の春まで暗中模索のような時期だったが、それを抜けるとまるでいますぐワールドカップがきてもだいじょうぶと思わせるほどの急成長を見せた。しかしことし、チームは再び苦しんでいる。
ワールドカップのアジア最終予選でB組2位。最後までこの位置をキープできれば出場権が手にはいる。しかし2月、3月に行われたこれまでの3試合の内容は、ファンをやきもきさせるものだった。3月のバーレーン戦では、相手のオウンゴールでかろうじて勝利をつかんだ。
いま、日本の前には、強豪バーレーンと戦う前に大きな敵がいる。試合地マナマの暑さだ。日中、37、38度まで上がった気温が日没とともに急激に落ちると、猛烈な湿気が襲ってくる。せっかくかいた汗が蒸発してくれず、体温調整が難しくなる。
その不快な暑さのなかで、選手たちは昨年のアジアカップを思い起こすだろうか。猛烈な蒸し暑さのなかでの連戦。そして再三にわたる絶体絶命の危機...。それをしのいで決勝戦に進出し、地元中国を堂々たるプレーで破った日本代表を、ジーコは絶賛した。
「どんな状況でも冷静さを失わず、最後のホイッスルが吹かれるまで集中して戦った。すごい選手たちだ」
2002年以来、苦戦しながら自らのスピリットを吹き込み続けて日本代表が本物のチームになったことを、ジーコが認めた言葉だった。
今週金曜日、日本代表はマナマのピッチに立つ。ジーコが就任して以来の3年間の成果が、この1試合に凝縮されなければならない。「冷静さ」、「最後まで失わない集中力」。自分たちの本来の姿を思い起こさなければならない。
まさに、正念場なのだ。
(2005年6月1日)
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