サッカーの話をしよう
No.561 ドイツ鉄道の旅
FIFAコンフェデレーションズカップ取材のためにドイツにきている。
現地の雑誌社発行の大会ガイドの表紙には、「ミニWM」と大書されている。「WM」とは、「世界選手権」の略で、ドイツではワールドカップをこう表現するのが最も一般的だ。大会の正式名称よりも、「ミニ・ワールドカップ」、すなわち1年後に迫ったワールドカップの「プレ大会」という色彩が濃い。
当然、使用されるスタジアムはワールドカップ用のもので、大会運営も、何から何まで大げさなワールドカップ仕様である。取材する私たちにも、日本代表の活躍ぶりとともに、ワールドカップの「下見」の意識がある。
西ドイツでワールドカップが開催されたのは1974年だから、もう31年も前のことになる。私にとって初めてのワールドカップ取材。以後も何回かドイツにきたが、こうして試合を追いながら移動する旅はそれ以来だ。
驚くのは、ドイツが「狭く」なったことだ。東ドイツと合わさったのだから、実際には1・5倍ほどの面積になったはずなのだが、都市間の移動が信じがたいほど早くなった。ドイツ国鉄が高速化し、路線によっては新幹線化された結果だ。かつては2時間半から3時間かかっていたフランクフルト空港−ケルン間が、1時間かからなかったのには、本当に驚いた。新幹線網はまだ完成しておらず、特急も在来線の線路を使っている路線が多いので、これほどの変化がある区間は少ないが、それでも高速化は進んでいる。
私は今回、ケルンに「基地」を置き、そこからいろいろな試合会場に通った。他の都市での試合後には、そこに1泊して翌朝移動という計画だった。しかし試合が終わり、仕事を終えても、十分ケルンの基地まで帰ることができるため、いくつかのホテルはキャンセルしたほどだ。
ただ、「新幹線」は山中を貫いて走るので、景色は少し味気ない。だからフランクフルトで日本とギリシャの試合があった日には、早めに出発し、フランクフルトまで1回の乗り換えを含め2時間半もかかる在来線の急行を使った。おかげで、美しい緑に彩られたライン川沿いの景色をゆったりと楽しむことができた。
来年、ドイツに来ようと思っている人には、「鉄道の旅」がお勧めだ。日本でドイツ国鉄のパスを購入してくれば、いちいちチケットを買う手間が省けるうえに、毎日長距離移動をしてもそう費用はかからずに済む。
ワールドカップに向けて大改装されたスタジアムは、どこも美しく、都心からの公共交通機関が整備されていてアクセスもいい。周囲で売っているソーセージの味は30年前とまったく変わらない。
驚くほど変わったのは、都市間の交通とともに、地元の人びとの表情だ。ドイツ人といえば、愛想がなく、表情が固いというイメージだったが、今回、そうした印象を受けることは滅多になかった。どんな場所でも、何かを聞けば笑顔を見せ、親切に答えてくれる。英語で話しかけても、いやな顔ひとつせず、ほとんどの場合、英語で返事がくる。
ワールドカップ地元組織委員会のベッケンバウアー会長は、2002年韓国/日本大会での「笑顔と親切」に感動し、ドイツでもそうした態度で世界からのファンを迎えようと懸命にPRしたという。
今回、私が受けた好印象は、PRの成果なのか、それともEU(ヨーロッパ連合)のおかげで人の行き来が増大したためかわからない。しかし理由はともかく、30年間で社会が大きく変わり、ドイツが気持ちよく滞在できる国になったのは確かだ。
来年のワールドカップは、笑顔にあふれた、とても楽しい大会になる予感がした。
(2005年6月22日)
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