サッカーの話をしよう

No.564 最近のボールの話

 「FOOTBALL」といえば国際的にはサッカーという競技のことだが、サッカーボールそのものも示す。
 「フットボール自体には進化などないよ。進化するのはそれをプレーする人間なんだ」と語ったのは、78年ワールドカップでアルゼンチンを優勝に導いたセサル・メノッティ監督。しかし「フットボール」が「サッカーボール」のこととなれば、その進化(変化と言っていいかもしれない)は著しい。
 ルールには簡単な記述があるだけだ。ボールは、「球形で、皮革または他の適切な材料で、外周が70センチ以下、68センチ以上で、重さが試合開始時に450グラム以下、410グラム以上で、空気圧が海面の高さで0・6〜1・1気圧のもの」とされている。

 ボールの質、機能は、過去半世紀の間に急速な進歩を遂げた。1950年代まではゴムのチューブに空気を入れて口を閉じてからボールの一部を皮ひもで10センチにもなるその口を閉じる作業を必要とした。ヘディングのときに皮ひもの部分が頭に当たると、猛烈に痛かった。
 60年代にはいって、空気入れの口にバルブを使用し、このひもを消すことに成功した。ヘディングの痛みをなくすとともに、空気入れの「労役」からプレーヤーを解放した「大革命」だった。
 五角形と六角形の計32枚のパネルを組み合わせたボールが出現したのが60年代。それまでは、12枚か18枚の皮革の組み合わせだったから、より完全な球形に近くなった。
 86年には、天然皮革に限られていた素材が人工皮革も許されることになった。天然皮革(主として牛の皮だった)には、伸びる方向に偏りがあり、使っているうちにボールがゆがんできた。人工皮革にすることで、そのゆがみが解消された。

 98年には、表皮の表面に細かな気泡を入れる加工が施されたボールが登場し、フランスで開催されたワールドカップで使用された。ボールの反発力が格段に高まり、シュートが高速になって「キーパー泣かせ」と言われた。
 そして2004年には、それまで32枚のパネルを手縫いで合わせていたものを接着剤で付けたまったく新しいボールが開発された。現在、Jリーグで使われているのがこのボールだ。キックの威力がさらに増したという。
 大会のロゴ、メーカーの商標以外の広告を付けることは禁止されているが、それを除くと、デザインについての規制はない。そのせいか、最近は、メーカーが毎年のようにデザインを変える。
 2002年ワールドカップでは東洋をイメージしたデザインのボールだった。昨年のヨーロッパ選手権では、開催国のポルトガルの歴史をモチーフにしたデザインのボールが使われた。来年のワールドカップでは、白をベースに、ドイツ国旗の黒、赤、黄があしらわれたデザインになる。

 サッカーといえば、誰の頭にも「白黒ボール」が浮かぶだろう。日本でサッカーが本格的に普及したのは64年の東京オリンピック以降。その直後にスタートした日本サッカーリーグでこのボールの使用に踏み切り、その新鮮な視覚的イメージがサッカーという競技の社会的認知に大きな役割を果たした。しかし現在ではほとんど使われていない。
 機能やデザインは変わっても、サッカーという競技のなかでボールが占める役割は変わらない。試合を優位に進めるのは、決まってボールを大事にキープできるチームだ。
 かつてイングランドで名監督として鳴らしたブライアン・クラフは、試合直前、タオルの上に1個のボールを置き、その周囲に選手を集めて、こう檄を飛ばしたという。
 「いいか、これが俺たちのターゲットだ。さあ、行ってこいつを取ってこい!」
 
(2005年7月13日)
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サッカーの話をしようについて

1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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