サッカーの話をしよう

No.571 目を覚ませ、初心にもどれJリーグ

 わが目を疑ったのは、試合が始まって10分しか経過していないときだった。
 鹿島アントラーズ陣内で反則があり、東京ヴェルディにフリーキック(FK)が与えられた。先週土曜日、東京の味の素スタジアムでのJリーグ第21節。8月に新監督を迎え、前節、3カ月ぶりの勝利を得た東京Vにとっては、上位浮上への重要な1戦だった。ところがその大事な試合で見たのは、まるでOBサッカーのような緩慢な動きだった。
 反則の笛が鳴った後、鹿島側のゴールラインに向かって転がったボールを、東京VのFW平本がゆっくりと歩いて拾いに行ったのだ。そしてようやくボールを拾った平本がFKの位置にボールを戻すと、こんどはMF小林大がゆっくりと(というよりだらだらと)ボールを置き、周囲に指示を出し始めたのである。
 もちろん、あわてる必要はない。しかしなぜ平本は小走りにでも走ってボールを拾いに行かないのだろうか。なぜ小林大は、もっときびきびと準備を整えないのだろうか。
 前半10分である。疲れているはずはない。走って拾いにいかないのは、それがJリーグの「常識」だからだ。個人名を挙げたが、平本や小林大が特別に怠慢なのではない。主審が笛を吹いてプレーが止まった後の緩慢な動きは、いまやJリーグの「体質」のようになってしまっている。
 最も顕著なのは、コーナーキック(CK)のときだ。ボールが出てからCKがけられるまで、Jリーグでは優に30秒を必要とする。ところがヨーロッパのリーグの試合をテレビで見ていると、大半が20秒程度なのだ。
 違いはキッカーにある。ヨーロッパではボールが出た瞬間にキッカーが走っていく。そしてボールをセットすると、即座にキックする。ところがJリーグでは、動きだすまでに一瞬の間があり、コーナーへは歩いて向かい、そしてセットしてからあれこれと中央にサインを出す。
 十数秒の差は、試合のリズム、スピード感に大きな違いを生じる。早いタイミングのキックに対応するため、中央の選手の動きも自然ときびきびとする。安くない入場料を払い、狭い座席や混雑もものともせずファンがスタジアムに足を運ぶのは、鍛え抜かれたプロフェッショナルの超人的なプレーを見たいからだ。けっして、だらだらと歩くのを見るためではない。
 選手交代のときの怠惰といってよい動きも、観客からサッカーを楽しむ時間を奪う。一瞬前までボールを追って疾走していた選手が、リードしている状況では、まるで「最後の仕事」とばかりにゆっくりと歩いてベンチに向かう。安っぽいヒロイズムを見るようで、気持ちが悪い。
 Jリーグがスタートしたころには、全選手が「ファンを失望させてはならない」と懸命のプレーを見せた。未熟な部分はあったが、労をいとわないプレーがサッカーに関心の低かった人びとの心をつかみ、Jリーグがプロとして成り立つ礎がつくられた。
 いまのJリーグの試合からは、そうした熱意、あるいは責任感を感じ取ることはできない。かといって、ヨーロッパのリーグのようなプロフェッショナルとしての姿勢があるわけでもない。「地元クラブ」を応援する愛情豊かなサポーターはいても、熱心なサッカーファンがどんどんJリーグ離れを起こしてヨーロッパのサッカーにひきつけられているのは、スターたちの存在やプレーのレベルだけでなく、いやそれ以上に、選手たちのきびきびとした動きが心地良いからではないか。
 「走って拾いに行く」「走ってコーナーに向かう」、あるいは、「交代のときに走ってベンチに退く」ことは、誰にでもできる。それをしないのはプロとして大きなものが欠けているように思う。
 
(2005年8月31日)
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サッカーの話をしようについて

1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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