サッカーの話をしよう
No.573 吉田主審の魔の瞬間
誰にとっても不幸な結論だった。ワールドカップ予選アジアプレーオフの第1戦、9月3日にタシケントで行われたウズベキスタン対バーレーン戦が、審判のルール適用の間違いを理由に無効とされ、10月に再試合を行うことを命じられたことだ。
ペナルティーキック(PK)による2点目を認められなかったうえに、ともかくつかんだ1−0の勝利をフイにされたウズベキスタン側が激怒するのは当然のことだ。しかし一時は「大喜び」と伝えられたバーレーン側も、必ずしもそうとは限らない。
「1カ月後に再試合といっても、それまでずっと練習できるわけではない。チームの半数は公務員で仕事があり、残りの半数は国外のクラブのプロで、クラブに戻ってしまった。監督にとっては最悪の事態だ」(バーレーンのペルゾビッチ監督)
そしてもちろん、自らのミスがとてつもない結果につながった日本の吉田寿光主審にとっては、とりわけ不幸な結論となった。
この試合の前半39分、吉田主審はホームのウズベキスタンにPKを与えた。すでに1点を先制していたウズベキスタン。しかしアウェーでの第2戦を考えるとどうしてももう1点ほしかった。待望の2点目のビッグチャンスだ。
しかしMFジェパロフがキックを行う直前、吉田主審はウズベキスタンの選手がすでにペナルティーエリアにはいっているのを見た。キックは決まったが、吉田主審はゴールを認めなかった。狂ったように抗議するウズベキスタンの選手たち。その混乱のなかで、吉田主審はバーレーンに間接FKを与え、それで試合を再開してしまったのだ。
正しい処置は、PKのやり直しだった。なぜこのようなミスが起きてしまったのか。
PKをける前のペナルティーエリア侵入は、ルールで明確に禁じられているにもかかわらず、これまで大目に見られることが多かった。しかし昨年来国際サッカー連盟(FIFA)は厳しく対処するように求め、ことし、ルールの一部を変更した。
従来のルールでは、守備側の選手が侵入した場合、キックが決まれば得点、決まらなければやり直し。攻撃側の選手の侵入では、キックが決まればやり直し、決まらなければそのままプレーを流す。そして両方のチームの選手が侵入したら、キックがどんな結果でもやり直しだった。
ことしのルール改正でその規則が一部変わり、攻撃側が侵入してキックが決まらなかったときには、プレーを止めて守備側に間接FKを与えることになったのだ。
キック自体は決まっていた。バーレーンに間接FKを与えてしまったのは、たしかに大きなミスだった。しかしその原因は理解できる。
ことしのルール改正では、オフサイドの解釈の変更ばかりが騒がれ、意識が集中した。私自身、オフサイドの変更については再三書いたが、PKルールについてはまったく触れなかった。この事件が起きたとき、改めてルール改正の文書を取り出さなければ確認できないほどだった。正直なところ、文書をめくりながら、私は恥ずかしい気持ちで顔が赤らむのを感じていた。
もちろん、吉田主審はしっかり知っていたはずだ。しかしそれでも試合前には、オフサイドの正確な適用に意識が行っていたのではないか。そしてウズベキスタンの猛抗議のなかで何かの勘違いがあったのではないか。あってはならないミスであることは確かだが、誰にでもそうした「魔の瞬間」はある。
それにしても、FIFAはなぜこの「ルール適用ミス」を理由に、すでに終了した試合を無効にし、前代未聞の再試合を命じたのだろうか。それについては、来週、再度考えてみたい。
(2005年9月14日)
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