サッカーの話をしよう
No.578 FIFAのゴールプログラム
オリンピック・スタジアムの背後の丘につけられた舗道を息を切らせながら10分ほど登っていくと、目の前に美しいグラウンドが広がった。緑に輝く芝生のピッチには、小規模ながら、両タッチライン沿いに3段の観客席もある。黄色い座席の数は1000あまりだろうか。屋根もついた立派な観客席だ。
ウクライナの首都キエフ。先週水曜日にウクライナ代表と対戦した日本代表が前々日の練習場として使ったこのグラウンドは、ウクライナ・サッカー協会所有のナショナル・トレーニングセンターだ。片方のゴール裏には、道をはさんで真新しいクラブハウスが建てられ、グラウンドとは地下トンネルで結ばれている。
ことし完成したばかりのこの施設。国際サッカー連盟(FIFA)の「GOALプログラム」によるものだと聞いた。
ことし、ワールドカップ・アジア最終予選でイラン、バーレーン、タイに行ったが、そのすべてに「GOAL」の成果があった。
イランのテヘランで訪れたサッカー協会のビル、バーレーンのマナマ郊外にあるサッカー協会のビルと、そこに隣接する何面ものグラウンド、そしてタイのバンコクではナショナル・トレーニングセンターの人工芝のピッチ。すべて「GOAL」で実現したものだった。
キエフの前に日本代表が試合をしたラトビアのリガでは、ダウガバというクラブに人工芝の練習場がつくられていた。クラブの所有になっているが、代表チームの冬季練習場としても使われるという。
ワールドカップで得られた巨額の利益を世界のサッカーに還元しようと1999年に始められた「GOALプログラム」。4年間ごとに1億スイスフラン(約88億円)を拠出している。目的は、世界各国のサッカー協会の活動を堅固にするための協会本部やナショナル・トレーニングセンターの建設である。
1件のプロジェクトにつき拠出されるのは40万ドル(約4500万円)だが、物価の安い国で政府や自治体が土地を提供してくれれば、これで十分立派な施設ができる。これまでに207のプロジェクトが認可され、ことし9月のFIFAの発表によるとすでに107の施設が完成して稼動を始め、総計172協会がこのプログラムの恩恵を受けているという。
1999年の時点では、自前の協会本部やナショナル・トレーニングセンターをもつ国は世界のほんの一部しかなかった。しかしわずか6年後の現在、世界のほとんどの国でその両方が実現している。
こうした事業を展開しているのはFIFAだけではない。UEFAチャンピオンズリーグから巨大な収益を得ているヨーロッパサッカー連盟(UEFA)では、「ハットトリック」と名づけたプログラムを実施し、域内の発展途上国に援助を行っている。
キエフでは真新しいトレーニングセンターの横に5階建ての協会本部ビルが建設されているところだった。これは、UEFAのプログラムから250万スイスフラン(約2億2000万円)の援助が出て実現にこぎつけたものだ。
立派な本部ビルやトレーニング施設は、各国のサッカー活性化の大きな起爆剤になっている。年代別のユース代表の活動が活発になり、そこで育った選手が国内リーグで活躍し、次つぎと代表チームにはいっていって活性化しているのだ。ワールドカップ初出場を決めたばかりのウクライナ代表が日本を迎えて戦った日の午後、真新しいナショナル・トレーニングセンターでは、U−18代表が熱心に練習していた。
施設の充実により、これまで世界のヒノキ舞台を遠くから眺めていた国ぐにのサッカーが急速に伸びている。日本も足踏みしていることはできないと、キエフの美しいトレーニングセンターを見ながら考えた。
(2005年10月19日)
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