サッカーの話をしよう

No.582 ゴール後のパフォーマンス

 オーストラリアのシドニーFCに移籍したカズ(三浦知良)が、さっそくデビューした。最初の試合は終盤になってからの交代出場で、ほとんど見せ場はなかったようだが、近いうちに得点を決め、例の「カズ・ダンス」を披露してシドニーのファンを驚かせ、熱狂させるに違いない。
 得点した後のパフォーマンスはいまやサッカーの一部になってしまった。スポーツニュースを見ていると、得点に至る経過は省略しても、得点後の選手のアピールぶりは詳細に紹介してくれる。
 選手によって「お決まり」のスタイルがある。はやりすたりもある。次から次へと新しいパフォーマンスを開発する選手もいる。バリエーションは、年ごとに増えるばかりで、ファンも楽しみにしているようだ。

 デズモンド・モリスの『サッカー人間学』には、「勝利のディスプレイ」として18もの表現方法が挙げられている。しかしこの本が書かれたのは1981年。現在のパフォーマンスの多彩さは、当時とは比較にならない。
 サッカー誕生のころには、こんなパフォーマンスはなかった。母国イングランドでは、長い間、得点の後に過剰な喜びを示すのはスポーツマンシップに反すると非難された。せいぜい味方選手と握手する程度だった。
 喜びの表現は国や文化によって違う。イタリアやスペインなどでは握手だけでなく抱き合うのが普通だったが、パフォーマンスとして行われたわけではなく、ごく日常的な喜びの表現方法だった。
 それは南米でも同じだった。ペレの若いころのフィルムを見ると、得点の後は、ただその場で何度もジャンプしているだけだった。じっとしてなどいられない。天にも昇る気持ちが、素直に表れたものだった。特別なパフォーマンスなどではなかった。

 誰が最初にそうしたパフォーマンスを見せたのか、正確にはわからない。しかし最初に世界に影響を与えたのはポルトガルのエウゼビオではなかったか。1966年にイングランドで開催されたワールドカップで9ゴールを挙げて得点王になった選手だ。
 ゴールを決めると、彼は走りながら高くジャンプして両足を前後に大きく開き、こぶしを握り締めて伸ばした右腕を後ろから前へと強く振り出した。エウゼビオは驚異的な身体能力をもち、それを遺憾なく発揮して得点した。ゴールの直後に高々と跳んでいるエウゼビオを見て、相手選手たちは無力感を増幅させられたかもしれない。
 それはすぐにヨーロッパのラテン系諸国で流行し、さらに世界中に広まっていった。日本でも、釜本邦茂(現在日本サッカー協会副会長)がこのパフォーマンスを見せるようになった。彼は、日本代表の一員としてイングランドで開催されたワールドカップを現地で見ていたのだ。

 1970年代になると、プロ選手たちは次つぎと新しいパフォーマンスを開発するようになる。とくにブラジルでは、念入りに計画した「スペシャル」をもつ選手が増えた。報道陣用にゴール裏に設置された公衆電話に走っていって、家族に電話をするポーズをとる選手まで現れた。1994年ワールドカップでは、子供が生まれたばかりのブラジル代表FWベベットが、その後定番となった「ゆりかご」のパフォーマンスを見せた。
 一時は大げさな抱擁やキスなどを禁止する動きもあったが、いまでは、時間がかからない範囲で、たいていのことは目をつぶられている。
 私自身は、わざとらしいパフォーマンスはあまり好きではない。本当にうれしかったら、ただ万歳をしたり、飛び上がったり、味方選手のところに走りよって抱き合ったりするだけだろう。しかしファンが喜んでいるなら、サービスも悪いことではない。
 
(2005年11月16日)
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1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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