サッカーの話をしよう
No.584 試合は0-0から始まる
「どんな試合だって、0−0から始まるんだ!」
試合前の更衣室で、オランダ・サッカー史上最高のプレーヤー、ヨハン・クライフは突然大声を上げた。
1971年5月、クライフを中心とするアヤックスは欧州チャンピオンズカップ(現在のUEFAチャンピオンズリーグ)の決勝戦に臨んだ。決勝進出は2年ぶり2回目。前回は経験豊富なACミラン(イタリア)にしてやられたが、この日の相手はギリシャのパナシナイコス。まったくの「無印チーム」だった。
「今回は楽勝」というムードが漂うチームメートたちに、クライフは強く警告した。それが冒頭の言葉だった。
メディアは「勝って当然」と書きたててきたかもしれない。相手は無名選手の集団で、クラブとしてもこのような舞台に立った経験はない。しかし試合が始まる前から勝った気持ちになるのは間違っている。どんなことだって起こりうるのがサッカーというゲームだ。勝つためには、もてる限りの力を出し尽くさなければならない。
クライフの言葉にわれに返った選手たちは、慎重に、そして情け容赦なくこの試合を戦い、2−0で勝って初めて欧州王者の座についた。
「私はすべての相手をリスペクトしている」
こちらはジーコ日本代表監督の言葉だ。2002年に就任してその10月にジャマイカと対戦して以来、日本代表はジーコ監督の下で60試合を戦ってきた。その間、試合に臨むジーコの態度は終始一貫してきた。
「相手を恐れず、侮らず、勝つために全力を尽くす」
現代の世界のナショナル・チームの大半には、決定的な力の差があるわけではない。戦い方やほんの小さな運不運で、結果はどちらにも転ぶ。だからFIFAランキングでどんなに下の相手でも甘く見てはいけない。逆に相手がランキング・トップのブラジルでも、恐れる必要などない。
ことし6月、ドイツでのFIFAコンフェデレーションズカップB組の最終日、準決勝をかけたブラジルとの対戦を前に、誰よりも闘志をみなぎらせていたのがジーコだった。たしかにスターぞろいで強いチームには違いない。しかし日本が負けると決めつけるのは間違っている----。その言葉に触発された日本代表は見事な戦いを見せ、失点するたびに取り返して2−2の引き分けに持ち込んだ。
ワールドカップ2006ドイツ大会の組分け抽選会が目前に迫ってきた。12月9日(日本時間10日早朝)、日本が1次リーグで対戦する3チームが決まる。
ワールドカップに出場するすべてのチームの当面の目標は、4チームが総当たりする1次リーグを突破し、ベスト16による決勝トーナメントに進出することにある。
前大会では、ディフェンディング・チャンピオンのフランスと、有力な優勝候補だったアルゼンチンがこの「第1ハードル」を突破できずに涙をのんだ。最後には圧倒的な強さを見せたブラジルでさえ、1次リーグの時点ではチームがまとまっておらず、危うくトルコに足をすくわれるところだった。いまや、ワールドカップではどんなチームにとっても「絶対」はない。
それは、どんなビッグネームと対戦することになっても日本にも十分チャンスがあるということであり、逆に、初出場でFIFAランキングがどれだけ低いチームでも、日本が力を出し切らない限り勝利を手にすることはできないことを意味している。
抽選結果が出たら、冷静にライバルたちの戦力を分析し、あとはジーコと日本代表チームを信じて力いっぱい声援を送りたいと思う。
恐れることも侮ることも不要だ。すべての試合は0−0から始まるのだから...。
(2005年12月7日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。