サッカーの話をしよう

No.585 プレーをするヴァンフォオーレ甲府

 サッカーがこんなに美しく、また心ときめかせるゲームであることを、久しく忘れていたような思いがした。
 12月10日、柏サッカー場。J1とJ2の入れ替え戦第2戦。アウェーでの初戦を1−2で落として後がない柏レイソルが、J1昇格へ王手をかけたヴァンフォーレ甲府を迎え撃った。
 入れ替え戦は通常のリーグ戦ではない。何よりも大事なのは結果だ。きれいなプレーよりも、激しい闘志と闘志のぶつかり合いになるのが当然の試合だ。しかしその予想は大きく外れた。甲府は見事なサッカーをプレーした。
 6−2。ブラジル人FWのバレーがJリーグ新記録の1試合6ゴールを記録した。しかし甲府はバレーの得点力におんぶして勝ったわけではない。チームの全員が積極果敢に攻守を繰り返し、力強くサッカーをつくりあげた。その仕上げが、たまたまバレーのところに回っただけだった。
 何よりも印象的だったのは、選手がことごとく生き生きとプレーしていたことだ。
 味方ボールになったら果敢にスペースに走る。1人が走ると、2人、3人と連動して動く。その動きにつられるようにボールが動く。パスを受ければ、ためらうことなく次のプレーが展開される。
 相手ボールになると、間髪をおかず守備にはいる。相手を追い詰め、スピードを落とさせると、味方選手が群がるように寄ってきてボールを奪ってしまう。奪うと、そこからまた攻撃が始まる。
 「観客がもういちど見たいと思うようなサッカーがしたい。選手たちが『プレー』をすることが何より大事。いまは『プレー』をしているチームは少ない。演技をしている選手も多い」
 大木武監督(44)の言葉を聞いただけでは、哲学的でわかりにくい。しかし甲府のゲームを見れば、その真意は誰にも理解できる。
 なぜ少年たちはサッカーに熱中するのだろうか。それはサッカーが好きだからだ。それ以外に理由はない。プロのサッカーとは、その好きだという気持ちを、自発的に、そして高い技術と献身的な動きにより最大限に表現するべきものだ。それこそが「プレーする」ということだ。
 ところが成功がカネを生む現代のプロサッカーでは、「いかにプレーするか」に関心を払う指導者など本当にわずかになってしまった。多くの人の関心は、「いかに勝つか」にしかない。戦術上の要求や義務に縛られ、指導者に命じられるままロボットのように動き回るサッカーに、観客がひきつけられる道理がない。
 報道されているように、甲府は年間予算がJ1クラブの平均の5分の1程度にすぎず、有名選手がいるわけでもない。しかし大木監督は選手たちを信じ、彼らが少年時代からもっていたサッカーへの愛情を力いっぱい表現できるよう導いてきた。そして選手が自分たちの力を心底から信じられるようになったとき、あの柏戦のような喜びにあふれた試合が生まれたのだろう。
 甲府のサッカーは来年のJ1で旋風を巻き起こすだろう。地元のサポーターだけでなく、本当にサッカーを愛し、現代のプロサッカーに違和感をもち始めている人びとが「甲府を見よう」とスタジアムに押しかけるだろう。
 選ばれた特別な選手たちだからできるのではない。サッカーに取り組む自分自身の心の奥底を見つめ、それに素直になって誠心誠意努力すれば、誰でも、甲府のように「プレーする」ことができるのだ。
 柏と対戦した甲府のサッカーは、私がことし1年間で見た数多くの試合のなかで最も心を動かされるものだった。大木監督と甲府の選手たちは、サッカーというゲームをもういちど信じる力を、私に与えてくれた。
 
(2005年12月14日)
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1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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