サッカーの話をしよう

No.589 高校サッカー 最後までプレーを

 鹿児島実業と野洲がそれぞれ持ち味を出し尽くして、高校選手権の決勝戦は見ごたえのある試合となった。そしてその終了後のすばらしい光景が、私の心をとらえた。
 表彰式に入る前に、何人もの野洲の選手たちが鹿実の松沢隆司総監督のところに歩み寄り、この高校サッカーの伝説的な名指導者に一人ひとり順番に握手をし、「ありがとうございました」とあいさつしたのだ。ヨーロッパや南米に向かって、大声で「日本にはこんなにすばらしいスポーツの文化があるぞ!」と言いたくなるような光景だった。
 試合終了直後には、ピッチに倒れこんだ鹿実の選手に、野洲の選手が歩み寄って言葉をかけ、抱き起こす姿を見た。どの試合にも、試合が終了すると、整列してあいさつをする前に、対戦した選手同士が握手し、抱き合う光景があった。長い間続けられた「勝利チーム校歌斉唱」を廃止して数年、高校サッカーは、ドラマやスター中心に仕立てようとするテレビ局の意図に関係なく、サッカーらしい自然な姿になった。

 しかしその一方で、「これは間違っている」と思うような光景も見られた。ファウルの笛を吹いた審判に向かって両手を広げ、「どこが反則なんだ」とアピールする選手がなんと多かったことだろうか。そしてそれ以上に気になったのは、リードした試合の終盤、相手陣のコーナー付近にボールを持ち込んで「キープ」するプレーだ。
 ボールをもっているのだから、攻撃をするのが本当だ。しかし無理をしてボールを奪われれば、そこから相手のカウンターアタックを許す危険性がある。だからあえて相手ゴールに向かわず、コーナーに運んで体を使ってキープし、時間を使おうとする。プロでは当たり前に行われている行為だ。それが「正しい戦術」「賢いこと」のようにさえ思われている。
 しかしそれはけっしてサッカー本来の姿ではない。

 高校生たちに「何のためにサッカーをしているのか」と聞けば、大半が「好きだから」と答えるに違いない。大好きなサッカーで日本一になり、プロになり、世界で活躍してワールドカップで優勝したいという夢をもっているに違いない。「コーナーでのボールキープ」は、そうした気持ちに反するものではないか。
 サッカーを「プレー」するとは、体力とテクニックと創造性、そして味方選手との意思疎通を駆使して、相手ゴールを陥れようとすることだ。その喜びこそ、少年たちをサッカーに駆り立てる情熱の根源的な力だ。「コーナーでのボールキープ」は、その対極にあるシニカルで「反サッカー的行為」と言える。
 なりふりかまわず勝つためにそうするように指導されているのか、プロの試合をテレビで見て、「かっこいい」とまねをしているだけなのか。それとも、見識の低いテレビ解説者が絶賛することで、さらに広まったのか----。いずれにしても、この年代の選手たちがやるべきプレーではない。

 もちろんプロでも、やるべきプレーではない。お金を払って「サッカー」を見にきてくれたファンに対する裏切りだからだ。1点をリードして終盤になったとき、やるべきことは、もう1点を目指して攻撃することだ。守備のバランスを崩さないように注意を払いつつ効果的な攻撃を繰り出すのが、プロとして成熟したサッカーではないか。
 「スター不足」と言われた今回の高校選手権。しかし高校のサッカーは豊かになっている。それは、サッカー本来の喜びをしっかりと見せてくれているからだ。ばかげた「コーナーでのボールキープ」など捨て去り、最後の最後まで「プレー」に集中して、Jリーグの選手や指導者たちが恥ずかしさで顔を赤らめるような魅力あふれるサッカーを完成させてほしいと思う。
 
(2006年1月11日)
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サッカーの話をしようについて

1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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