サッカーの話をしよう
No.603 ストッキングを上げよう
最近、変わったスタイルの選手をときどき見かけるようになった。ストッキングをひざの上まで上げているのだ。少し前まではアーセナル(イングランド)所属のフランス代表FWアンリの専売特許だったが、まねをする選手が増えてきたようだ。
その一方で、Jリーグを見ると、ストッキングを下げたままでプレーしている選手が相変わらず多いのに驚く。
昨年の半ばまで浦和に在籍したエメルソンは、ほとんど足首までストッキングをおろしていた。むき出しの「向うずね」をけられ、大げさに痛がっていたことも多かったが、それでも、大きなすね当てをつけようとも、ストッキングを上げようともしなかった。
エメルソンがカタールに移籍して、こんな選手はもういないだろうと思っていたら、先週の横浜FM戦で千葉のMF羽生直剛が同じようにストッキングを足首まで下げてプレーしているのを見た。
イングランドのプロリーグには、1937年に初めてストッキングの色の登録することをクラブに義務付けたという記録がある。ストッキングは、19世紀からある古いサッカー用具だ。
今日ではルール第4条に「競技者が身につけなければならない基本的な用具」のひとつとして明記されている。すなわち、ストッキングをはいていなければプレーに加わることはできない。
さらに1990年のルール改正ですね当てが義務化され、「ストッキングによって完全に覆われている」という条件がついたことで、ストッキングをおろしたままプレーすることもできなくなった。
にもかかわらず、エメルソンや羽生のようにほとんど足首までおろしていても、レフェリーから注意も受けないのはなぜなのだろう。
実は、彼らはルールには違反していないのだ。役に立つかどうかさえ不明なほど小さなすね当てを着用し、それをきちんとストッキングで覆っているのである。
すねの半ばまで下げている選手も同じだ。普通の大きさのすね当てをつけてはいるが、ストッキングをすね当てのところまで折り下げ、ふくらはぎはほとんど露出させるというスタイルである。
しかしどちらも危ない状態であることに変わりはない。サッカー選手のケガで最も多いのが足首からひざにかけての部位。そこをしっかりと守ってくれるのがストッキングであり、足の長さに適した大きさのすね当てだからだ。
ルールがストッキングやすね当てを義務化しているのはスタイルのためではない。無用な負傷を防ぐためだ。ルールの考え方からすれば、ひざのすぐ下までストッキングを上げるのは当然のことだし、実際、ほとんどの選手がそうしている。
私は羽生のプレーは大好きだし、疲れ知らずの献身的な動きにはいつも感心させられる。しかしストッキングをおろしてプレーするのは、プロ意識の欠如ではないか。負傷の危険を最小限にするのが、本物のプロだと思うからだ。
同時に、少年少女はプロのまねをするということをJリーグの選手ならもっと理解する必要がある。ばかげたことまでまねをさせて、子どもたちを負傷の危険にさらすのは、プロのすることではない。
日本サッカー協会の施設委員会(サッカー用具について検討するのはこの委員会だ)で、ストッキングをひざのすぐ下まで上げることを義務化してほしいと提案したことがあるが、軽く無視された。
審判委員会でも技術委員会でもスポーツ医学委員会でもかまわない。とにかく、子どもからプロ選手まで、日本ではサッカーをプレーする人全員がすね当てとストッキングを正しく着用しなければならないという規則を、一日も早くつくってほしい。
(2006年5月10日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。