サッカーの話をしよう
No.609 壊された首位攻防戦
ものごとには両面がある。サッカーの試合も同じだ。
7月22日、Jリーグのアウェーゲームで首位川崎フロンターレを下した浦和レッズのプレーぶりは見事だった。キックオフから闘志あふれる戦いを展開し、前半途中で退場により1人少なくなると、さらに集中してハンディを感じさせない試合をした。
いつもは待ってディフェンスすることの多いMF三都主も、この日は果敢にインターセプトを狙い、そこから一気に攻撃に出た。ピッチの全面でこうした気迫あふれるプレーが展開された結果が、2−0の勝利だった。
しかしその一方で、非常に醜悪な行為もあった。GK山岸範宏の時間かせぎだ。
前半30分にFW田中達也の見事なシュートで先制した浦和だったが、その数分後にMF山田暢久が2枚目のイエローカードで退場になった。1点のビハインドを負ったうえに、相手が1人減ったことで、川崎は猛然と攻撃を始めた。浦和は防戦一方になった。山岸の時間かせぎが始まったのは、その後からだった。
相手のシュートがゴールを大きく外れてゴールキックになる。すると山岸はそのボールを追ってわざわざコーナー近くまで行くのだ。
Jリーグでは「マルチボールシステム」が使われている。ボールが外に出たときには近くのボールパーソンが手にした予備ボールを渡してすばやく試合を再開することになっている。当然、浦和ゴールの裏にもボールをもった少年がいて、山岸に渡そうとしていた。しかし山岸はそれに目もくれず、出たボールを追っていったのだ。意図は明らかだった。ゴールキックをけるまでにできるだけ時間を使い、相手チームの攻める時間を短縮しようというのだ。
あきれたのは、そんな行為が残りのほぼ60分間にわたって10回以上繰り返されたことだ。
前半、山田が退場になるまでは緊迫感にあふれた展開だった。しかし後半にはいると、プレーが動いている時間より停止された状態が長いのではないかと思えるほどになった。完全にリズムが崩れ、試合はぶち壊しになった。いらだった川崎の選手たちは無理なタックルを繰り返して相手にFKを与え、自らリズムを崩していった。
こんなにひどい試合になってしまった責任の一端はレフェリーにある。
柏原丈二主審は、前半から山岸の時間かせぎがあからさまだったにもかかわらず、軽い注意をいちどしただけで、警告を出さなかった。
おそらく、ゴールキックをするまでにかかった時間を1回1回見ると、警告を出すところまではいかず、ぎりぎりのところだったのだろう。だからイエローカードを出せなかった。しかし山岸は、ゴール裏のボールパーソンを無視してボールを拾いに行く行為を繰り返した。その意図が時間かせぎであることは明らかだったはずだ。
ならば、1回1回の行為は警告に当たらなくても、「繰り返しの不正」ということでイエローカードを出せたのではないか。しかも、前半のうちにそうできるだけの状況はあったはずだ。柏原主審が前半か、遅くとも後半の早い時間に山岸にイエローカードを出していれば、残りの時間はもっときちんとした試合になっただろう。しかし柏原主審が山岸にイエローカードを出したのは、後半ロスタイムになってからだった。
首位攻防の一戦。NHKのBSで全国に生中継された試合だった。それがこんな試合になってしまったのは残念でならない。Jリーグは、そして日本のサッカーは、また何百人か何千人か、あるいは何万人かの熱心なファンを失ったに違いない。その責任は、選手、チーム、レフェリーのすべてにある。
(2006年7月26日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。