サッカーの話をしよう
No.618 パワープレーの話
きょうは「パワープレー」の話をしよう。
今月上旬の日本代表の中東遠征の2試合で、終盤、どうしても1点が欲しかった日本は、身長185センチのDF闘莉王を前線に出し、ヘディングで相手の守備を崩そうとした。イエメン戦では、前線にFW巻(184センチ)、FW我那覇(182センチ)、そして闘莉王と3人の長身選手を並べた。
イエメン戦の後半ロスタイムにDF坪井が送ったロングボールを巻が頭で折り返し、我那覇が決勝点を決めて「パワープレー」が実った形となった。しかし闘莉王を前線に投入してからこの得点まで約7分間、有効なロビングがはいったのは、得点を含めてわずか2回しかなかった。日本代表は明らかに「パワープレー」が苦手だ。
サッカーにおける「パワープレー」とは、ヘディングの得意な長身選手を前線に出し、そこにロングボールを放り込んでヘディングシュートを狙わせたり、あるいはヘディングで落とされたボールからシュートチャンスをうかがおうという攻撃。主として試合の終盤に、1点を必要としているチームが使う戦法だ。
おもしろいことに、サッカーの本場イングランドのサッカー用語には「Power Play」という言葉はない。スポーツで正式に「パワープレー」という用語があるのはアイスホッケーだ。ペナルティーで相手選手がひとり少なくなっている時間の攻撃を指す。パワープレー中にはGKを外して攻撃の選手を投入するなどの戦法も取られる。
おそらく、アイスホッケーが盛んなドイツあたりで、「パワープレー」という用語がサッカーに「輸入」されたのではないか。実際、ドイツは「パワープレーの元祖」と言っていい国なのだ。
ワールドカップでは、66年大会の決勝と70年大会の準決勝で、いずれも終了直前にDFの選手が起死回生の同点ゴールを決めた。以来、終盤、リードされているときの「パワープレー」はドイツでは「定番」だ。
ことしのワールドカップでドイツと対戦したアルゼンチンは、1−0とリードして迎えた後半の30分過ぎにエースのクレスポを外し、ルスを投入した。チームのなかでただひとり190センチという長身をもつクルスの投入は、明らかに、これから始まるドイツの「パワープレー」への準備だった。
だがその直後にドイツが同点にする。こんどは攻撃をしなければならなくなったアルゼンチンだったが、交代枠を使い切っていたため切り札のメッシを出すことができず、試合はPK戦でドイツが勝った。「パワープレー」の目に見えない「パワー」だった。
ドイツのチームが「パワープレー」を始めると、全員が徹底してそのために動く。1分間に数本のロングボールが放り込まれることも珍しくない。それが相手チームを心理的にも追いつめる。
ではなぜ、日本の選手たちは効果的な「パワープレー」ができないのだろうか。
ひとつは、日本にはこうしたプレーをするチームが多くないことがあるだろう。横浜FMの岡田前監督はたびたび「パワープレー」を使ったが、G大阪の西野監督は「うちはパワープレーはしない」と広言している。
しかしそれ以上に、チームの意図や意識をひとつにしきれないことが、中途半端なプレーの原因ではないか。
ロングボールを放り込むのは、技術的には難しいことではない。「パワープレーだからできるだけ早く入れよう」という意識さえあれば、もっともっと有効なロビングが増えるはずだ。
「パワープレー」に限った話ではない。いまチームが何をしようとしているのか、そのために自分はどうプレーしなければならないのか。90分間を通じて意識し、考え続ける必要がある。有効な「パワープレー」ができないのは、考えが足りない証拠だ。
(2006年9月27日)
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