サッカーの話をしよう

No.620 試合前のウォーミングアップ

 仲間の記者たちはキックオフの10分前ぐらいにスタンドに上がってくる。しかし私は、もっとずっと早く上がり、記者席に座る。早ければキックオフの1時間前。遅くても、30分前にはスタンドに上がっている。両チームのウォームアップが始まるからだ。
 Jリーグでは、キックオフの30分前ごろから20分間程度、ピッチ上でのアップが許されている形が多い。まずそれぞれのチーム2人ずつのGKがGKコーチとともにピッチに現れ、アップを始める。しばらくするとアウェーチームのフィールドプレーヤーたちが入場し、続いてホームチームがはいってきて、スタンドから大喝采を浴びる。試合前のウォームアップを見るのは、なかなか楽しい。

 しかし最近、ひとつのことにひっかかっている。フィールドプレーヤーのピッチ上でのアップに、ベンチ入りのサブ選手たちが加わっていないチームが少なくないのだ。
 先発の10人は、フィジカルコーチの指示でてきぱきとメニューをこなしている。その一方でサブの選手たちはたいていタッチライン付近に集まり、「ボール回し」をしている。中央に「鬼」役(守備)の選手がひとりはいり、その周囲を残りの選手たちが囲んでパスを回すのだ。
 Jリーグの選手たちだから技術は高い。ワンタッチ限定のパス回しでも、面白いテクニックがたくさん出てくる。しかしこれはどう見ても、練習でもアップでもない。ただ遊んでいるだけにしか見えないのだ。ピッチの中央を使ってきびきびと動いている選手たちには次第に気力がみなぎり、キックオフに向けて集中を高めているのが感じられるだけに、この「温度差」がひどく気になる。

 先発、サブを問わず、試合に登録されたフィールドプレーヤーがそろってピッチ上でアップをするチームもある。Jリーグは今季からベンチ入りのサブ選手が従来に比べると2人増えて7人になったからフィールドプレーヤーは16人。10人でアップしているチームと比べると、なかなか壮観だ。10人でやるか16人かは、監督やフィジカルコーチの考えによるものらしい。
 数年前の日本代表の試合で、試合が始まってわずか数分でMFの選手が負傷し、交代が出るまでに6分近くを要したことがあった。その間に、負傷したMFは痛めた足で4回もボールをけり、守備に走り回らなければならなかった。サブの選手の準備ができていなかったからだ。
 こんなのは論外だ。キックオフ時には、当然、サブの選手も準備を完了させていなければならない。開始1分で負傷者が出るかもしれないのだ。どんな状況でも1分後には交代選手がピッチに立てるようにしておかなければ、チームは大きなハンディを負う。

 実は、ピッチに出てくる前には、サブの選手たちも先発選手といっしょに体操をし、入念にストレッチをしている。「仕上げ」をしていないだけなのだ。だがそれでも、あんな緊張感のない雰囲気で「ボール回し」に興じていて、精神的な準備ができるのだろうかと心配になる。
 それだけではない。試合前にサブ選手たちがだらだらと「ボール回し」をする光景は、プロの「興行」としても大きなマイナスではないか。
 試合前のアップは、スタンドのファンにとっても、試合への最後の盛り上げの時間だ。ピッチ上の選手たちと一体になり、キックオフに向けて徐々に集中を高めるときだ。その目の前でだらだらへらへらとした「ボール回し」を見せられたら、雰囲気はぶち壊しになる。
 私は、サブを含めた全員でアップをするのが当然だと思っている。「ピッチ上でのアップは先発だけ」という方針ならば、サブの選手たちはピッチに出さないか、あるいは周囲で入念に走らせるなどの別メニューを用意すべきだ。
 
(2006年10月11日)
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1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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