サッカーの話をしよう

No.623 サッカーの伝道師

 東京を出るときには冷たい雨だったが、名古屋に着くとすでに青空が広がっていた。豊田市にあるトヨタスポーツセンターでは、秋の美しい日差しのなかに緑のピッチが輝いていた。
 10月24日、「第1回Jリーグ・アカデミー コーチングワークショップ」が、名古屋グランパスのセフ・フェルフォーセン監督を講師に開催された。Jリーグのクラブの育成年代のコーチたちのための研修会だ。
 コーチたちの海外研修は日本サッカー協会の主催で年に何回も行われている。しかしJリーグ・クラブのユース、ジュニアユースの指導者は、サッカーの指導を仕事にしているだけにまとまった休みをとることができず、なかなか参加できない。そこで、この第1回は、基本的に日帰りで参加できる研修の機会を提供しようという企画だった。
 集まったのは、北はコンサドーレ札幌から南は大分トリニータまで24クラブの42人。トレーニンググラウンドでの約2時間の練習見学と、会議室を利用しての約1時間の講義というスケジュールだった。
 主催したJリーグ側でも、前半部分はトップチームの通常のトレーニングを見るだけだと考えていた。しかしフェルフォーセン監督は、練りに練ったプログラムを用意して待ち構えていた。
 まず、ポゼッションゲーム(主としてパス回しを目的にしたゲーム)のいろいろな目的での使い方。ウォーミングアップの目的で、テクニック強化のために、戦術的要素を入れて、そしてフィジカル強化のために...。「パス回し」という点では同じでも、コーチたちの創造性によって、目的に応じた効果的なものができるということを、短時間でわかりやすく見せてくれた。
 続いて披露されたのはスリーバックの組織化だった。守備のポジショニング、そして攻撃の組み立てから押し上げまで、非常にハイレベルなトレーニングだった。
 しかし何よりも驚いたのは、デモンストレーションのためのトレーニングに、グランパスのトップチームの全員が参加し、真剣に課題に取り組んでいたことだった。GK楢崎がいた。DF秋田も、MF中村も、FW玉田も懸命にボールを追っていた。
 オランダ人のフェルフォーセン監督は、オランダ、ベルギーなどのクラブで監督を務めた経験をもつ人。同じオランダ人のドワイト・ローデヴェーヘス・コーチと二人三脚で、今季はじめからグランパスの指導に当たっている。
 グランパスは、今季序盤は悲惨な成績で、一時は降格の危機も叫ばれたが、夏ごろからプレースタイルが固まり、ぐんぐん成績を伸ばしてきた。しかし順位はまだ「中の下」といったところで、普通ならとても他クラブのコーチたちを指導するような余裕はないところだ。
 しかしJリーグからこの講習会の依頼を受けたとき、彼のなかにある、「プロ監督」以上の「志」が目を覚ましたのに違いない。それは、「サッカーの伝道師」の志だ。自分が信じるサッカー指導のあり方を多くの人に伝えたい。そして、オランダだけでも日本だけでもなく、この地球上に、できるだけ多くの好プレーヤーを出現させたい...。
 監督の志に、グランパスの選手たちも素直に応じた。その結果、研修会は、期待をはるかに上回るすばらしいものとなった。
 「私の職業はサッカー選手。その仕事を、美しいものにしよう」
 フェルフォーセン監督は、そんな標語をクラブハウスに掲げている。
 百数十年前にイギリスから世界に輸出されたサッカー。世界の各地で熱心にプレーされ、それぞれの特性を生かしながらレベルアップしてきた背景には、こうした「サッカーの伝道師」たちの志があったからに違いないと、帰りの新幹線のなかで考えた。
 
(2006年11月1日)

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