サッカーの話をしよう

No.626 アルゼンチン代表製造工場

 門をはいって最初に目についたのは、左右に広がる巨木の林だった。その中央を走るまっすぐな道のはるか先に、レンガ色の瓦で葺いた屋根をもつ建物が見えた。
 ブエノスアイレスの南西郊外、エセイサ国際空港にほど近いところにあるアルゼンチン・サッカー協会(AFA)の「スポーツ合宿センター」を訪ねた。都心から車でわずか20分ほど。48万平方キロもの広大な敷地に7面のフルコートのサッカー場と2面のハーフコート、さらには、ビーチサッカー用のピッチまで整備されている。9面のサッカー場には、すべて最高のコンディションの芝生が敷き詰められている。ここは、アルゼンチン代表専用の合宿所なのだ。

 1978年と86年のワールドカップ優勝を受けて、専用合宿所の建設に着手したのが1980年代半ば。政府から借り受けた広大な土地に、徐々に資金がつぎ込まれ、建設が進んだ。
 89年12月には最初の合宿所が完成した。ピッチ5面を備えた第1棟。門から見えた瓦葺の屋根をもったコテージ風の建物だ。2001年にはそこから500メートルほど東に第2棟が完成した。鉄筋コンクリート製の2階建て。レセプションホールを軸に、上空から見れば「V」の形に建物が広がっている。
 現在、第1棟はユース世代の代表や女子代表の合宿、そしてトップクラスの審判のトレーニングなどに使われ、第2棟はA代表専用の合宿所となっている。どちらの建物にも、食堂、選手ラウンジ、ベッドルームなどが2階に置かれ、1階はトレーニング室、ロッカールーム、シャワールーム、そして報道関係用の施設(記者室、記者会見室)が設置されている。

 こうした「ナショナル・トレーニングセンター」は、いま、世界のいろいろな国にある。日本にも、福島県と静岡県に宿泊設備をもった第1級の施設がある。とくに福島県の「Jヴィレッジ」は、天然芝のフルコートのピッチだけで11面をもつ世界に誇る施設だ。
 しかし代表チーム専用の合宿所というのはあまり例がない。代表チームが使うのは1年のほんのわずかの期間。そのほかの時期には、一般の子供たちの合宿や大会などに貸し出すという形が一般的だからだ。
 「代表専用」の考え方が最も良く表れているのが、2001年に第1棟の近くに完成した「管理棟」だ。施設全体を管理するためだけの施設ではない。ここに、各年代の代表チームの管理が集約されているのだ。代表監督のオフィス、コーチングスタッフのオフィス、会議室、そして2万本以上のビデオを収容した資料室などが置かれ、代表関係のスタッフが集まって、遠征手配などもすべてここで行われているのだ。

 アルゼンチンの「サッカー・エリート」たちは、14歳から定期的にここで過ごし、大会に出ていき、次つぎと才能あふれる選手が育ち、世界との競争力を高めている。いわばこの合宿所は、「アルゼンチン代表製造工場」のようなものだと、私は想像していた。
 しかし実際に合宿所を訪れてみると、「工場」という表現は当たらないように思えた。何よりも、広大な土地にゆったりとしたレイアウトで広がるサッカー場の周囲には、豊かな緑が広がっていのだ。ユーカリを中心に、松、ポプラなど20種類もの木立が広がり、オフの時間には、ゆったりと散歩を楽しむことができる。
 選手たちは、ここでサッカーのトレーニングを受け、技術や体力を伸ばすだけではない。豊かな自然のなかで心も育て、本物のプロフェッショナルへ、そして誰もが認める「アルゼンチン代表」へと育っていく。「工場」というより、「アルゼンチン代表のゆりかご」と表現したほうが適切なように思えたのだ。
 
(2006年11月22日)
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