サッカーの話をしよう
No.634 カターニャの事件で考えたこと
ショッキングな事件が起こった。先日セリエAにデビューして初ゴールを記録したばかりの森本貴幸選手が在籍するイタリアのカターニャで、試合途中にスタジアム外で暴動が起こり、警官ひとりが死亡したというのだ。
先週金曜日、事件は同じシチリア島のパレルモを迎えた試合で起こった。渋滞に巻き込まれてキックオフから大幅に遅れて到着したパレルモのファンに向かってスタンドで発炎筒が投げ込まれ、騒ぎはスタジアム外に広がった。その際に、警備についていた警官のフィリッポ・ラチーティさん(38)が重傷を負い、病院に運ばれたが、死亡した。
この事件を受けて、イタリア・サッカー協会は即座に週末に予定されていたすべての試合の中止を決定した。あわせて、7日水曜日にシエナで行われることになっていたルーマニアとの国際試合をはじめ、すべてのナショナルチームの活動も停止した。
その後の調査で、ラチーティさんの死亡は、単に暴動に巻き込まれたのではなく、カターニャの個人的な恨みをもったフーリガンが騒ぎに紛れて襲撃したことが判明した。
イタリアでは「ウルトラス」と呼ばれる熱烈なサポーターの一部による暴力がたびたび問題になってきた。彼らは発炎筒や歌で試合の雰囲気を盛り上げる裏で、暴力団のような組織犯罪にかかわっていると言われてきた。しかしクラブは彼らに手をつけられず、放置してきた。
スタジアムの安全基準が守られていないという問題もある。ホームとビジターのサポーター分離や、危険物もち込みチェックなどが十分でないというのだ。調査によれば、基準に達しているスタジアムは、セリエAで5つにすぎないという。ラチーティさんの死をきっかけに、今後、こうしたことに徹底的なメスが入れられていくに違いない。
今回の事件でひとつ感心したことがある。イタリア協会のすばやい対応だ。もし日本で同じようなことがあったら、どうだろうか。
「もう入場券を発売してしまっている」
「代替の開催日やスタジアムを探すのが難しい」
少し想像するだけで、そんな声が聞こえる気がする。
一時、Jリーグでサポーターの事件が相次ぎ、危機管理の重要性が叫ばれたことがあった。しかし多くの関係者が「危機管理」という言葉に出合っただけで安心し、組織の利益や評価を守ることばかり考えているのに失望した。
何にも優先して考えなければならないのは人の命であり、観客や競技者、そして社会の安全だ。その原則のために行動することが何より大事だ。
イタリアほどではなくても、サッカーはいまや日本の社会のなかで小さくない存在になった。サッカー協会やJリーグ、そしてクラブ運営にかかわる人びとは、毎日、頭のなかでそうした原則を10回唱えてから仕事を始めるぐらいの心構えが必要だ。
(2007年2月7日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。