サッカーの話をしよう
No.637 Jリーグ フェアプレーの約束
試合前、スタジアムの大型映像装置にまだユニホームに着替える前の姿の選手たちが映し出された。浦和の山田とG大阪の実好。2月24日、東京・国立競技場で開催されたゼロックス・スーパーカップに出場した両チームのキャプテンだ。
ふたりとも真剣な表情で何か黄色い大きなものに書き込んでいる。黄色いのはフェアプレー旗。両キャプテンはそこにサインをしていたのだ。
やがてひときわ高い音楽のなか、両チームがピッチに入場する。先導するのは、6人の子どもたちが持つフェアプレー旗。そこには、この日の試合に登録された全選手のサインがはいっていた。
今季から、J1、J2のリーグ戦、ナビスコ杯など800近い試合で、当日、全出場選手がフェアプレー旗にサインをすることになった。フェアプレーの精神で戦うことをファンに約束する----。それを示すためのサインだ。
選手の入場をフェアプレー旗が先導するという形を始めたのは国際サッカー連盟(FIFA)。1990年代にはいってからだった。やがてその形式が国際試合の標準となり、Jリーグでも独自のフェアプレーキャンペーンマークを染め抜いた旗が先導役として使われるようになった。
しかし何年も前から、私はその形があまりにも空しいと感じていた。単なる儀式として形骸化し、選手たちはこの旗の意味すら考えもしないに違いないと思ったのだ。
フェアプレー旗を先頭に入場するという行為は、本来、選手たちがその精神の下にプレーするという姿勢を表すもののはずだ。しかし実際には、試合が始まるとそんな姿勢は忘れ去られ、醜い行為の応酬となってしまうのだ。
フェアプレー旗へのサインは、その姿勢を全選手が再確認し、併せてファンに「約束」することを明確にするものだ。「署名をした約束」は「契約」に等しい。歯を食いしばって守り抜かなければならない。
ことしのゼロックス・スーパーカップは試合内容こそ一方的だったが、この「約束」の精神が両チームの姿勢によく表れていたように思う。
イエローカードが浦和に3枚あった。無理なタックルや審判への不服の態度を示したことが原因だった。しかし激しいぶつかり合いがあった後の握手など、これまでになく「互いに尊重し合って戦おう」というすがすがしい態度が見られたように思う。私は、この試合では「約束」はほぼ守られたと感じた。
「約束」が必要なのは選手たちだけではない。監督をはじめとしたチームの役員、4人の審判員や競技役員、私たちメディア、そしてスタンドを埋めたファン、サポーター...。試合にかかわる人すべてが、それぞれの分野でフェアプレーを誓い、実践しようという心構えが必要だ。そうなれば、日本のサッカーは確実に良くなる。
この日、黄色い旗に書かれた30数人のサインに、私は大きな希望を感じた。
(2007年2月28日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。