サッカーの話をしよう
No.639 問題は高さ
問題は「高さ」。身長の問題ではない。「標高」である。
ことし9月に中国で開催される女子ワールドカップ予選のプレーオフ第1戦を見事な戦いで勝ち取った女子日本代表「なでしこジャパン」。メキシコとのアウェー第2戦は3月17日にメキシコのトルーカで開催される。初戦の結果2−0というアドバンテージをもつとはいえ、簡単な戦いではない。トルーカは標高2680メートルという高地だからだ。
「高さよりも暑さが気になる」と、出発を前に、なでしこジャパンの大橋浩司監督は語った。少し前に視察に行ったときには気温が30度もあったという。トルーカはメキシコのなかでも「常春」の町として知られるところ。観光案内書には、真夏でも30度を超すことはめったにないと書いてある。もっとも近年の地球温暖化で「常識」も通じなくなっているのかもしれない。
しかし2680メートルというのは、おそらく近年の日本サッカーが経験する最も標高の高い場所での試合となる。昨年9月に日本代表が標高2300メートルのサヌア(イエメン)で試合をしたが、そのときにはそれほど大きな影響は出なかった。なでしこジャパンも、ちょうど4年前にサヌアとほぼ同じ高さのメキシコシティで試合をし、2−2で引き分けている。だが今回はさらに400メートル近く高くなる。その影響がどの程度になるか、予想は難しい。
この高さになると、気圧が平地の7割程度になり、体に取り込める酸素の割合はさらに少なくなる。低地から行っていきなり激しい運動をすると、動悸、息切れ、頭痛、めまいなどの症状を起こす。いわゆる高山病だ。
エクアドルやボリビアがワールドカップ南米予選を3000メートル級の高地でホームゲームを開催し、好成績を残したことから、「高さ」を利用しようというサッカーチームが増えている。最近では、標高4000メートルにあるポトシをホームとするボリビアのクラブが南米のクラブカップに出場し、対戦チームが「スポーツ医学的に無理」と反発するなど問題化した。
やっかいなのは、高度の影響には個人差があり、誰がどんな影響を受けるか予想がつきにくいことだという。じっくりと時間をかけて高度順化のトレーニングが行えればいいが、プロのカップ戦や、今回のなでしこジャパンのように順化期間が限られた状況ではどうしようもない。
「日本と同じように、メキシコにもホームの利点を生かす権利がある」と、第1戦後、メキシコのクエジャール監督は語った。それも一理ある。しかしことさらに「高度の利」を生かそうという最近の風潮は行きすぎのように思う。
だが変えられないものは受け入れ、その影響が出ないよう最大限の努力をするしかない。15時間もの時差、大橋監督が警戒する暑さ、そして高さ。メキシコとの対戦の前に、なでしこジャパンは、そのすべてに打ち勝たなければならない。
(2007年3月14日)
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