サッカーの話をしよう
No.644 ストライカーの頭脳
「僕の得点を『幸運に恵まれただけ』と言う人がいる。たまたまいいところにいたから得点できたんだとね」
Jリーグが始まったころ、名古屋グランパスにガリー・リネカーという選手がいた。イングランド代表で86年ワールドカップの得点王。「Jリーグ」の名を世界に知らしめた立役者のひとりだ。残念ながら負傷続きでJリーグでは力を発揮できず、2シーズンで帰国、引退したが、日本に滞在中、何回かインタビューする機会があった。彼の話はいつも「ストライカー」というものの本質についての示唆に富んだものだった。
「僕はペナルティーエリアの中で常に動き、スペースにはいろうとしている。そして味方からパスがくる瞬間に、僕をマークするDFより半歩でも前に出ていようとしているんだ。その動きを10回してもボールがこないときもある。しかしそれでも僕は11回目も動く。そして15回目か20回目にようやくボールがくる。僕は常に正しいポジションを取ろうと努力しているんだ。ボールがきたときだけを見て、『たまたま』と言われるのは少し心外だね」
リネカーの言葉を思い出したのは、先週土曜日、甲府でJリーグの甲府×柏のゲームを見ていたときだ。
1−1で迎えた後半、退場で柏が10人になり、ホームの甲府が猛烈な攻勢を取り始めた。しかしなかなかシュートが決まらない。逆にカウンターから1点を食らう始末だ。甲府はようやく終盤に2点を取って逆転勝ちしたものの、せっかくの創造性あふれる攻撃がふいになっても不思議はない試合だった。
「日本病」という言葉が浮かぶ。チャンスをつくってもそれがなかなか得点に結びつかないのは、甲府に限ったことではない。Jリーグでは例年、得点ランキングの上位にずらりとカタカナ名前が並ぶ。「決定力不足」は日本代表のニックネームではないかと思うときさえある。
昨年のワールドカップでも、期待のエースたちが絶好のチャンスを外し続け、多くのファンを失望させた。頼りになるストライカーさえいれば、あの大会の結果はまったく違ったものになっただろう。
リネカーは身長が175センチしかなかった。イングランドの選手としては「小柄」と表現してもよい。それでもたくさんのヘディングシュートを決めた。持ち味はスピードと言われたが、特別な速さがあったわけではない。技術的にもごく平凡だった。
彼のストライカーとしての最高の資質はその頭脳にあった。練習のなかで、彼は試合中の相手DFの動きをイメージし、味方のプレーに合わせていかに「正しいポジション」を取るかを考え、工夫し続けた。そしてどんなタイミングでボールがきても、常にシュートにつなげられるよう心の準備をしていた。
「身体能力」の問題ではなく「頭脳」が問われていることを、日本のストライカーたちは意識する必要がある。
(2007年4月25日)
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