サッカーの話をしよう

No.660 ルールブック大変革

 「守備側のファウルがあったら右手で、攻撃側のファウルのときには左手でフラッグを上げて振るんです」
 昨年限りで審判員としての現役を引退し、現在はJリーグ審判員のインストラクターを務める上川徹さんから、少し前にこんな話を聞いた。副審のフラッグの上げ方だ。
 副審はピッチに向かってタッチラインの右半分だけ動くから、体がピッチに正対していれば守備側の守るゴールはいつも右手側にある。その手で旗を上げれば守備側のファウルがあり、攻撃側にフリーキックが与えられると示すことになる。出来事がペナルティーエリアの場合には非常に重要な判定となるから、主審には大きな助けになる。
 上川さんといっしょに昨年のワールドカップに出場した副審の廣嶋禎数さんが国際サッカー連盟(FIFA)のインストラクターから指導されたテクニックだという。細かなことだが、主審と副審のコミュニケーションをはかるうえで重要なポイントのひとつに違いないと感心した。

 さて、こうした「奥義」がことしから広く公開されることになった。FIFA発行の「ルールブック」の今年度版で、「審判に対する追加指示」と題された部分(ルール本体とは別)が大幅に増補されたからだ。英語版で全136ページのルールブックのうち、ルール本体が48ページなのに対し「追加指示」は72ページにものぼる。
 そのなかには、特殊なケースへの対処法とともに、主審のジェスチャー、副審の旗の上げ方など、こと細かなアドバイスが書かれている。もちろん、ファウルのときに上げるフラッグを持つ手の区別についても、わかりやすいイラストが載っている。

 かつて、主審と副審はそれぞれの仕事をしていればよかった。副審はオフサイドとともに、ゴールライン、タッチラインをボールが割ったかに集中していればよく、その他の判定はすべて主審に委ねられていた。しかし現在では、より良いレフェリングのために、主審と2人の副審の協力、とくにコミュニケーションが重視されている。
 「コミュニケーション」といっても、大声で伝え合うわけではない。声に頼っていたら大歓声で聞こえないこともあるし、どちらかわからない場合に「わからない!」などと叫べば、選手や観客の間に審判不信を生じかねない。ほんの小さな動作や「アイコンタクト」で、互いの判断を伝え合い、スムーズに判定を下さなければならない。
 細かなことに気を配ったフラッグの使い方、主審と副審のコミュニケーションの取り方が普及すれば、レフェリングのレベルは格段に向上するはずだ。今回改訂されたルールブックがその役に立つのは間違いない。
 例年ならルールブックの日本語版が発売されるのは10月ごろになる。待ちきれない人は、英語版をFIFAのホームページからダウンロードできる。
 
(2007年8月15日)
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス

サッカーの話をしようについて

1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

アーカイブ

1993年の記事

→4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

1994年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

1995年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

1996年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

1997年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

1998年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

1999年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2000年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2001年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2002年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2003年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2004年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →9月 →10月 →11月 →12月

2005年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2006年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2007年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2008年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2009年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2010年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2011年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2012年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2013年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2014年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2015年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2016年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2017年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2018年の記事

→1月 →2月 →3月