サッカーの話をしよう
No.669 クイックリスタートを守れ
10月10日、ナビスコ杯準決勝第1戦の前半10分過ぎ、横浜F・マリノスにフリーキック(FK)が与えられた。ペナルティーエリアの左角の数メートル外。ファウルを受けたMF山瀬功治がすばやく近くの味方につなぎ、戻されたボールをドリブルしてゴールに向かって進んだ。シュートチャンスだ。
だがその瞬間、主審が鋭く笛を吹いてプレーを止めた。FKの場所が違うというのだ。主審は数メートル離れたところを指さした。そこに横浜FMがボールをセットし直したときには、相手の川崎フロンターレはゴール前に分厚い守備網を組織していた。
「クイックリスタート」を使うチームがJリーグに増えている。笛が吹かれたらできるだけ早くFKを行い、相手が守備組織を固める前に攻め崩そうというプレーだ。FKといえばお決まりの、主審が守備側の選手を下がらせる場面なども減るから、試合は一挙にスピードアップし、スリリングになる。ところがそれを主審自身が妨害してしまうことが少なくない。
ルールでは、FKは、「反則のあった場所」から、「ボールを静止」させて行わなければならないことになっている。だがこれをあまりに厳格に適用するとクイックリスタートの多くが不正なFKになってしまう。結果として、反則した側に守備を固める時間を与えることになる。すなわち、反則した側を利し、反則された側に不利益をもたらすというおかしなことになる。
「反則のあった場所」といっても、ピッチに印が残っているわけではない。そして主審がいつも正確な場所を指すわけでもない。数メートル間違うことも珍しくない。状況次第では、少し離れた場所でもFKを許すべきだと思う。
山瀬功のFKのときには、場所の違いは数メートルでしかなかった。山瀬功が直接ゴールを狙ったのなら小さくない距離かもしれないが、短くつないでプレーを動かしたのだから、続けさせるべき場面だと私は感じた。
また、転がってきたボールをそのままけるなどではなく、足や手でいったん止める動作をしてから行ったFKであれば、多少ボールが動いていても黙認してそのまま続行させるべきだ。
どちらも「ルールどおり」ではないかもしれない。しかし反則をした側のチームを罰するという「ルールの精神」には反していない。
主審にとって大事なのは、状況をすばやく把握し、FKによって与えるアドバンテージを攻撃側が適度に生かしたかどうかを判断することだ。過度あるいは不当に生かしていると判断したら止めなければならないが、そうでなければ続けさせるべきだ。
クイックリスタートには、試合をスピーディーでスリリングにするだけでなく、守備側の選手たちから審判に文句を言う余裕を奪い、プレーに集中させる効果もある。せっかく増え始めたものを守り、奨励するのも主審の仕事だ。
(2007年10月17日)
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